お祭り騒ぎ
恋次に促されて渋々出向いた四番隊舎では、一部の女性たちの熱い視線に迎えられた。いつも通り。
隣に寄り添う恋次に顔を寄せて自慢してやる。これが俺の院生時代からの努力の賜物だ。羨ましかったらお前ももうちょっとオトコに磨きをかけてみろ。
「可愛い女の子たちのラブビーム、羨ましいだろ」
「ちょ!先輩、くっつかないで下さいよ」
「なんだ、自分がモテねぇからってヤキモチ妬くな」
「ちげえっつの。勘違いすんな!」
勘違いもなにも、お前の態度を他にどう捕らえたらいいんだ。モテないヒガミだろ?俺のほうにピンク色の視線を送ってくる女の群れ、ちゃんと見ろよ。
お前の尊敬する檜佐木先輩はこんなにモテモテなんだから。
「つうか、先輩…周りちゃんと見えてんすか」
「当然じゃねえか」
「じゃあ、彼女らの視線がどこ向いてんのかもわかりますよね」
「ああ」
俺、だろ?
「そもそも俺たちはなんでここに来たのか、覚えてねえんすか」
「朽木隊長の見舞い」
「なんで見舞わなきゃならないような事態になってるかは」
「覚えてる。朽木隊長の気分が悪くなったから、だろ」
だったらそんな近寄んな。恋次が隣で深いため息をつく。
「ちゃーんと周り見ろよ」
「は?なんだその命令口調」
「そんなのどうでもいいから、落ち着いて周り見て下さい!」
余りの剣幕に押されて、視線を左右に走らせる。
お、あの木陰に隠れてる右端の子…思わぬダークホースかも。ボン・キュッ・ボンのスタイルがモロ俺の好み。その隣の子も結構可愛いな。うんうん、四番隊は穴場かも。でも六番隊の彼女に勝てる女はいないけどな。
「なに見てんすか」
「いや、だから…俺に熱視線を送ってくる女の子たちを だな」
「はぁ―…」
「可愛いなあ、と」
「俺に、じゃないっしょ」
「え?」
「俺にじゃねえっつってんだよ!」
もう一度周りを見回してみる。やっぱり彼女たちの視線はこちらのほうに注がれている。中には隠さずに俺の方を指差して、顔を赤らめている者もいる。ちょっとサービスショットに流し眼でもしてやるか。と思っていたら、分かったんすかとドスの効いた恋次の声がすべりこんだ。
「やっぱこっち見てねえ?」
「ああ、見られてますよ」
「だろ。俺に見惚れて…」
「俺に、じゃねえ!俺たちに、だ」
あんたのその目はふしあなか。
「………」
「だから、オ・レ・タ・チ!!!」
俺たちふたりが見られてんすよ。なにが見惚れてだよ、好奇心剥き出しの目で観察されてるだけじゃねえか。
「は?」
「だーかーら、すっかりデキてるって誤解されてるっつってんすよ」
「デキてるって、誰と誰が?」
「バカ」
「誰と誰がデキてんだよ」
「デキてねえ!」
「じゃあなんだ、なにイライラしてんだって。先輩に話してみろ」
すっきりするかもしれねえぞ。
さっきからやけに刺々しい恋次の肩を組んで、顔を覗き込む。
話せるいい先輩のポジションは、きっと女ウケもいいはずだ。そんな打算もなかったとは言わないが、単純に恋次のことは後輩として気に入っていたから。なにか気にかかることがあるのなら取り除いてやりたいと思うじゃないか。
俺ってやっぱりイイ先輩。こんなところ、六番隊の愛しの彼女にも見せたかったな。
「ほら、なんでも話せ」
「つうか、放せ!」
思いやりに満ちているはずの言葉に返ってきたのは、鋭く尖った狂犬のような目。なんだそれ、先輩の好意を蔑ろにするにもほどがあるだろう。
「自覚ゼロっすか」
「ゼロもなにも、苛立ってんのはお前だろ?」
ったく、恥ずかしくてやってらんねえ。俺を置いてすたすたと先を急ぐ恋次を慌てて追いかける。
「待てって恋次!置いて行くな」
「知らねえよ」
「何怒ってんだ」
「ついてくんな」
「だって同じとこに行くんじゃねえか」
「何しに行くのか思い出すまで、そこに立ってろ」
背の高さは数センチしか変わらないのに、どんどん差が広がっていく。つうことは、恋次のコンパスのほうが長い=俺の方が足が短いってことか?どうでもいいけど。モテてんのは俺の方だし。
というか、ここに来た目的ってなんだっけ。朽木隊長の誤解を解くとか言ってたけど、そもそもなんで誤解してるんだ?
なんで――
「檜佐木先輩、どうかなさったんですか?」
途方に暮れている俺の背中に、大好きな彼女の声。
「ああ…いや、別に」
「阿散井くんは」
「先に行ったよ。なんかすげえ怒って」
咄嗟に作った低い声は、すこしだけ震えていた。
「またなにか、変な事でも言ったんですか?」
「……いや」
俺が女性の視線を独り占めにしてるとか、四番隊はけっこう穴場だとか、言わなくてもいい事は言わない。俺はその辺の判断がキッチリ出来る男だから。
◆
「なんか、誰かと誰かがデキてるとかデキてないとか」
「……ええ」
「知ってる?」
「まあ」
まだ気付いてないのかこの人。あなたと阿散井くんがデキてるって誤解されてること。しかも、自分の発言が発端だったってことも忘れてしまったんだろうか。
呆れる一方で、夕暮れの光を浴びて立っている袖のない死覇装すがたはやっぱりさまになって見えて。こんな時にもそんな風に思ってしまうのだから、やっぱり私はこの人にやられているのだと思った。
「誤解されてるとか喚きながら、先に行っちまったよ」
せっかく俺があいつの悩みを取り除いてやろうと思ったのに。
取り除くも何も、あなたが諸悪の根源なんですけどね。
そう言ってやろうかと思ったけれど、いつになく落ち込んだ様子を見ていたら、なんとなく可哀想になって。
「そう、ですか」
「思いだすまでそこに立ってろ、ってさ」
「私が一緒に、朽木隊長のところ行きましょうか」
「……」
「檜佐木さん?」
「……っ、!」
返事のない彼の方を見上げると、片手で口元を押さえた姿勢で固まっている。顔が赤い。指の間から見える赤い液体はもしかして、鼻血?
高い位置にある喉仏が、ごくりという音とともに上下する。
視線は――
また、ですか。
「檜佐木修兵!」
「っ、はい!」
「どこ、見てるんですか」
「どどどこって。あの、いや、その……む、胸の辺りを。ちょっと」
バチーン。勢いよく音を立てて、背中に手形をお見舞いしてやる。
ちょっとって何?見世物じゃないんですけど、私の胸は。
「ッテ!!!」
「もう知りません。そこでずーっと立ってなさい」
そんな捨てられた子猫みたいな目で見てもムダです。知りませんから。
朽木隊長の誤解を解くのは、当分ムリなんじゃないですか。
お祭り騒ぎ
俺のなにが悪かった? そもそも誤解って何だったんだろう…誰か俺に教えて。
2009.09.08
prev /
next