series 楽天的落下 | ナノ

  暴力反対!


 院生時代から、エリートだと持て囃されてきた。それに胡座をかいておごるつもりはなかったが、卒業と同時に席官入りを約束されるのが誇らしかったのは確かだ。
 有り難いことに持って生まれた容姿のおかげで浮いた噂には事欠かなかったし、それが事実でもただの噂でもモテるのを喜ばない男はいねえと思う。
 イメージを壊さないように、必要以上にクールに振る舞い、異性の前では低い声で喋る(いつか乱菊さんに、女って低い声に弱いのよねぇと言われたから)。
 仕事も人一倍にこなし、鍛練も怠らず、副隊長の位置までのぼってきた。案外俺は真面目な性質なのだ。ただ、その裏に邪念がなかったかと言われれば、嘘になるけど。だって女ってのはステイタスにも弱ぇモンだろ。


「なあ、恋次もそう思わねぇ?」
「さあ…どうなんすかねェ。俺はセンパイみたいにモテたことねェから」
 意識したこともなかったすけど。

 いや、絶対そうに決まってる。女が低い声やステイタスに弱ぇのは、男が巨乳とかくびれた腰に弱ぇのと同じくらい確かな事実だって。

「恋次だって、好きだろ?」
「そりゃ、まあ。どちらかと言えば好きっすよ」

 どちらかと言えばなんて曖昧な答え方してるけど、ホントはめちゃくちゃ好きなくせに。いいよなお前は、彼女みたいな目の保養になる席官がいつも側にいて。
 俺、もうエリートとか何とか言われなくても良いから、思い切り本能に忠実になりたい。穴のあくほどに彼女を見つめて見つめて、一部の女性には"鋭くてステキ"と評判らしいこの瞳で、彼女を射抜きたかった。できれば心まで。


「どうしたんすか。センパイ」
 めちゃくちゃ厭らしい顔になってるんすけど。

 うるせえぞ。と返事を返しながら、脳内で彼女の姿を反芻する。思い出すだけで血が沸くような気がするのは、それだけ彼女に惹かれているからで。その時の俺には、もう、築き上げたエリートのイメージなど微塵も残っていなかったはずだ。
 所謂、ゆるみ切っただらしない顔。そんなモンを惜しげもなく晒している事に、気付いてすらいなかった。



 ◆



「恋次だって、好きだろ?」
「そりゃ、まあ。どちらかと言えば好きっすよ」


 執務室から聞こえてくる会話に、耳をそばだてる。相変わらず檜佐木の奴は恋次に睦言を交わしに来ているらしい。

「朽木隊長、どうかなさいました?」
 お顔が綻んでいらっしゃいますが。

 恋次のカムフラージュにされかけていた席官が、お茶を片手に微笑みを浮かべている。彼女は仕事が出来る上に、容姿端麗で気も利くので、珍しく私の気に入っている女だ。
 返事のかわりに顎で彼らのいる場所を示すと、その小さな仕草だけで言いたいことを読みとってくれるのは流石、と言ったところ。一瞬だけ曖昧な視線を交わすと、揃って聞き耳を立てた。
 それにしても、昼の日中から神聖な隊舎で甘ったるい睦言三昧とは。仲が良いのは結構だが、いただけぬな。


「どちらかと言えばなんて、曖昧な答え方すんなよ。恋次だって、ホントはめちゃくちゃ好きなんだろ?」
「センパイには負けますけどね」
「どっちがより好きかなんて、分かんねえだろうが」
「何を意地になってるんすか」


 どちらがどちらをより好きだろうが、そんな事はどうでもいい。それよりも、彼奴らの会話から読みとれるパワーバランスに、微妙な違和感を感じる。
 確か護廷入りを果たしたのも、副隊長への昇格も檜佐木の方が先だったはずだ。なのに、このやり取りを聞いていると、どう考えても恋次の方が立場が強いように聞こえるのは気のせいだろうか。辛うじて敬語の形態を崩してはいないが。


「意地になんてなってねえ」
「じゃあ、比べてみます?」
「どうやって!心の中のことなんて比較しようがねえだろ」
「だったら、ここは身体に聞いてみるしかねえんじゃねえすか」


 隣にいる彼女と、青ざめた顔を見合わせる。まさか彼奴ら睦言では飽き足らずに、ここで事に至るつもりではあるまいな?


「恋次、お前…本気か?」
「もちろん、本気っすよ。何すかセンパイ、もしかして怖くなったんじゃ」
「んな訳ねえだろ。俺は、いつでも受け入れ態勢バッチリだ」
「へえー…威勢のいい事で」
 あとでいつもみたいに泣かないでくださいよ。


 受け入れ態勢と、言ったか?じゃあ、やっぱりこのパワーバランスは、どちらが攻……いやいやいや、何を下らぬことを考えている。


「隊長………」

 心配そうに見上げる彼女の顔が、さっきよりももっと青ざめて見える。同じように私も青褪めているのであろうな。気分が悪い。

「悪いが、彼奴らを止めてきてくれぬか」
 気分が優れぬので、四番隊へ行ってくる。

「はい。お気を付けて」

 真っ白な顔をして心配げに見送る彼女に背を向けると、隊首室を後にした。



 ◆



「阿散井くん、檜佐木副隊長」
「おう」
「失礼してよろしいでしょうか」

 なかなか"女の胸が大好きだ"と口を割らない恋次にイライラしていたところへ、惚れた女の声が聞こえて心臓がどくどくと脈打つ。さっきまで何度も脳裏に思い描いた彼女だ。今見たら、きっと身体が過敏に反応するに決まっている。
 身体に聞いてみる=女の胸を見て、どっちの下半身がより大きな反応を示すか。
 そう主張する恋次の言葉はもっともだと思うものの、今のおれは非常に危険な状態だ(それもこれも全部、自分の妄想のせいだけど)。


「ちょうど良かったっすね、センパイ」
「……っ」
「ソッコーで答え出るんじゃねえっすか」

 もうすっかり勝った気になっているのか、ニヤニヤと笑う恋次。その顔をキッと睨みつけると、ヤツから見えないようにそっと拳を握りしめた。


「入れよ」
「失礼します」

 扉が開く。一番に飛び込んでくるのは、やっぱり形の良い胸とその谷間。途端に、どくり。身体中の血が騒ぎ始める。


「どうした?」
「どうしたじゃないよ。朽木隊長が…」
「サボんなって、怒ってんのか?」

 少しずつ近付くたびに、ゆれる胸。靡く髪。やわらかい表情。
 あ…やべ。既に何かマズイ感じ。臍の裏側がむずむずする。でもこれは、純粋に女の胸に反応した云々じゃなくて、相手が彼女だってのが理由だから。


「怒ってるんだったらまだ良いけど」
「へ?」
「ふたりが事に至ろうとしているんじゃないかと誤解して、」
 気分が優れぬ。って四番隊舎に行っちゃった。


「はァァァァ!?」


 煩いな、恋次。黙って彼女の姿と声を堪能させてくれよ。つうか、そんな風に屈まれたら鼻血出そう。


「セセセンパイ!!ちょ…」
「分かってるって」
「な、なにが?つうか、何をそんなに落ち着いてるんすか」
「騒いでも仕方ねえし」
「へ?」
「俺の負けだろ」

 ほら、コレ。うっすらと持ち上がった袴を指差して、降伏宣言。のつもりが、思いっきり彼女に後頭部を殴られた。


「ッたァァァ!!」
「檜佐木さんの変態ッ」

 なんか別の意味で鼻血出てきたんだけど。


「んな勝負どうでもいいっすよ!最初っから先輩の負け、決まってるじゃねえすか」
 それよりも朽木隊長の誤解を…。

「恋次。お前、勝てる勝負を売るなんてずりぃ」
「問題はそんなことじゃねえっしょ?ずっと誤解されたままでいいんすか」
「誤解って、……何の?」

 ボカ。鈍い音がして、再び頭に衝撃が走る。と同時に鼻から血が噴き出した。
 ただでさえのぼせてんだから仕方ねえけど。でも、痛ェ……なんなんだよ、俺が何したっつうの(下半身が微妙に反応してる以外は、別にわりぃことしてねェだろ)?


「先輩のバカッ」
「どうしようもねェな…それより隊長だ」
「そうだね」

 やけに慌てているふたりが不可解だと思いつつ、やっぱり彼女の胸に視線が吸い寄せられる。
 乱菊さんのも嫌いじゃねえけど、つうかむしろめちゃめちゃ好きだけど、でも彼女の胸の形の方が最高だよなァ。あと数センチ、合わせ目が左右に開いてくれれば…もっと最高なのに。
 そう考えるだけで、益々鼻血がどくどくと溢れる。あ…れ?なんかフラフラしてきたんだけど。胸の谷間、近ぇ。傍で見るとなおさら引き寄せられる。

 このまま吸い付きてェ…――




「檜佐木先輩ッ!もう一発殴って差し上げましょうか?」
「……い、いえ。結構です」



暴力反対!

どうせ一発なら、別のが…。痛ッ、うそウソ嘘です(ほんとだけど)。



 もしかして、マジで先輩は気付いてねえのか(朽木隊長は完璧に先輩と俺が恋仲だって誤解してんのに)。と思ったら、ため息が漏れるどころの話じゃなくて。あの人、自分の言葉がこんな事態を招いてるって分かってんのかよ?ったく。

 エリートが聞いて呆れるわ――


2009.05.21

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