series 楽天的落下 | ナノ

  イタい子イタい子飛んでいけ!


 好きな言葉は何かと聞かれたら、ふつうは座右の銘的な言葉を選んで答えるものではないかと思う。それとも、奴らには"ふつう"という感覚を求めること自体が間違っているんだろうか。

「恋次、あれから檜佐木とはどうだ」
「へ……?」
「上手く行っているのか、と聞いている」
「隊長!!誤解っすよ」
 勘弁して下さいって。

 恋次の顔は、心底困ったように歪んでいて。それが少し不可解だ。私が他人の色恋沙汰に言及するのは珍しいことだから、なのか。



「九番隊の檜佐木修兵です」
「入れ」

 ほら、やはり彼は貴様に会いに来たではないか。そう思ったら、無意識に笑いが込み上げて口元が緩む。


(ったくセンパイも、こんなタイミングで来なくてもいいのに)

 ぶつぶつと文句を言いながらも、甲斐がいしく扉を開きに行く辺り。それはやはり愛ではないのか?



「お茶を入れてくれ」
「はい」

 席を立って行った席官の背中で長い髪が揺れている。彼女を指差して、恋次の口走る言葉も照れ隠しにしか見えない。などというのは、私の視点が歪んでいるんだろうか。

「だから…隊長!檜佐木さんが惚れてるのは、俺じゃなくて彼女なんですってば」
「照れなくとも良い」
「照れてません!!センパイも何とか言って下さいよ」
「あ…ええ、あの」
「ところで、檜佐木。今日は何用だ」

 ああ、そうだった。と取って付けたような台詞で差し出された紙片は、何かの質問事項らしい。いくつかの設問と、それの解答を記すべき空欄が並んでいる。

「瀞霊廷通信に載せるアンケートなんですけど」
 勝手言って申し訳ないんですが、出来れば早めにお答え頂きたいんです。

「ほう」
「各隊の隊長と副隊長にご協力お願いしてるんですが」
 ほら、これ恋次の分。

 差し出された紙に目を通せば、たいして厄介な設問は並んでいない様子。

「今すぐ答えるから、持って帰れ」
「そうっすね。センパイお茶でも飲んで時間潰してて下さいよ」
「そうして貰えると助かります」


 何々?ひとつめの質問は、"あなたの好きな言葉は何ですか?"か。


「恋次、貴様なら何と答える」
「俺はやっぱ"鯛焼き"っすかねえ」

 それでは好きな言葉ではなく、好きな食べ物になるではないか。まったく、頭が悪いにも程がある。

「して、檜佐木は?」

 答えを聞く前から、嫌な予感はした。何故問いを振ってしまったのかと、己を怨みたくなっていることになど、奴らは気付かぬのだろうな。

「俺…ですか?」
「ああ。答えなくとも良いぞ」

 むしろ、答えてくれるな。と思いながら、立ったままの彼の顔を見上げれば、やけに頬が赤い。やはり、嫌な予感は当たっているらしい。

「俺の好きな言葉は…お…"おっぱい"ですね」
 あ、"巨乳"でもいいな。"美乳"とか"爆乳"もアリですけどねえ。彼女とか乱菊さんみたいな。

「ちょ、センパイっ!隊長の前で何言ってるんすか…」

 ニヤニヤと気持ちの悪いほどに口元を緩めた檜佐木を見ながら、ため息が漏れる。これは恋次との関係を隠すためのカムフラージュなのか、それとも彼の本音なのか。どちらにしろ、彼の感覚が相当おかしいことには変わりない。
 滅多なことでは感情を乱さない自信があるのに、彼には何度呆れさせられたらいいんだろうか。大きなお世話ながら、九番隊の行く末が少し(いや、かなり)心配になった。



 ◆



 お茶を入れて隊首室へ戻ると、扉越しに男たちの会話が漏れ聞こえる。立ち聞きするつもりではなかったのに、耳に入ってしまった言葉に、一瞬で固まった。
 お、おっぱ…!しかも、私のって。さすがに、そんなことを聞いてすぐに平気で入って行けるほど、出来た女じゃない。
 どうしようかと思いながら、立ち尽くしていたら、後ろからぽん。肩を叩かれた。

「ルキアさん」
「いったいどうしたのだ、そんな所で固まって」
 もしかして両手が塞がって、扉が開けられぬのか?

 ルキアさんこそ、どうなさったんですか?扉を引いてくれる彼女の脇をすり抜けて、室内へ入れば一斉に男たちの視線が飛んで来る。

「ちょっと兄様に用事があってな」
 兄様、少し外へ出られませんか。大事なお話が。

 連れだって出て行く朽木兄妹を見送ると、部屋に残された三人の間には、何とも言えない空気が流れる。



「………」
「お前、なんか聞いた?」
「……好きな言葉は何か、って話?」
「ああ。聞こえちまったよなあ、やっぱ」
「……ん」

 檜佐木さんが、卑猥な言葉を好きだって答えたこと、だったら…しっかり聞こえたんですけど。残念ながら、ね。そんなの、全然聞きたくなかったのに。
 というか、あれじゃあ好きな言葉じゃなくて、好きなもの、ですよね?

「あの……さ。ソレ、聞かなかったことに、とか」
 出来ねえよな、やっぱり。しっかり聞いちまったんだもんなあ。

「ん…耳にこびりついて離れない」
「っ!!?」

 そんな苦悩に満ちた表情見せられても、どうしようもないですよ先輩(その顔もうっとりする位キレイですけどね)。むしろ私の方が頭痛いというか、記憶を消して欲しいのはコッチなんですけど。

 なのに、

「ごめん」

 低く掠れた声で檜佐木先輩に謝られたら、なんでも許してしまいそうになる。そんなカッコイイ声で詫びるなんて、狡いです。

「ホント、わりぃ。俺…」
「もう。イイですよ…聞かなかったことに、」


――ごくり。

 ため息をつきながら諦めの台詞を紡ぐ途中で、聞こえた音は何だろう。
 ごくり。って、私の頭上から響いてきた、不自然で粘着質な音。


 頭ふたつぶん高い檜佐木さんの方を見上げたら、ぎらぎらと血走りそうな目が私の方に注がれていて。
 え…、どこ 見てるんですか?
 もしかして、死霸装の合わせ目。ってことは、胸の谷間――



「檜佐木先輩のバカッ、このド変態ッ!」
「熱っ、あ゙ちーっ!!」

 気が付けば、湯呑みのお茶を思い切りぶちまけていた。

「あーあ、ったく。センパイ、学習能力ねえんすか」
「……すまん。つうか熱い、マジで」
「知らねえっすよ、自業自得ってヤツっすね」
 あ。俺、好きな言葉それにしよう。"自業自得"っと。

「おい、恋次…冷てえな」
「センパイ、熱いんでしょう?冷たくされる位で丁度イイんじゃ?」



 バカな会話を続けている彼らを見ながら、びっくりする位ふかいため息がこぼれる。
 別に火傷するほど熱くはなかったでしょう、先輩。それで、少しは反省してください。



イタい子イタい子飛んでいけ!


だって、君の胸がこの世で一番完璧な美だと思うから


 センパイ、もう名誉挽回するなんて無理なんじゃねえっすか。と呆れる恋次に、泣いて縋りたくなった――


2009.05.07

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