series 楽天的落下 | ナノ

  勘違い王子


 窓から差し込む光に、紅色の髪が眩しい。いつ見ても思うのだけれど、なんて派手な外見をしているんだろう。

「副隊長、これ火急で宜しくお願いします」
「おう。そこに置いといて」

 でもその見た目に似合わず、彼が真面目だということは霊術院時代からの付き合いで良く知っている。今も、慣れない書類仕事に必死で向き合っている様子は、微笑ましく見えた。
 朽木隊長に近付きたいとの想いが、彼をそうさせているんだろうか。彼が机に向かっていると、六番隊舎へは静寂が訪れる。

「お茶でも入れて来ようか、阿散井くん」
「ああ。頼むわ」

 こきこきと首を鳴らして伸びをした彼に、笑顔が溢れた。



 はい、どうぞ。湯気ののぼる湯呑みを目の前に置くと、彼は先ほど私の持ってきた書類に目を通している最中。九番隊行きのそれに決裁印を押すと、するり机の上を滑らせる。

「持ってくんだろ?」
「うん。ありがとう」
「いやいや、センパイに迷惑はかけれねえしな」
 あの人の事だから、俺の処理が遅くなったらわざわざここまで取りに来そうだし。

「言えてる」
「まあ、本音は違うところにあんのがバレバレだけどな」

 自分の言葉で豪快に笑う阿散井くんは、本当に心から楽しそうだ。檜佐木先輩が必要もないのに六番隊舎へ来る理由。その本音って、やっぱり…私?

「お前らさァ、いったいどうすんの?」
「へ……」
「いや、いい加減くっついたらいいんじゃねえかって」
 両想いなのは間違いねえんだし、何を躊躇してんのかなって思うだろ?

 阿散井くんのコトバはもっともだけれど、考えてみれば彼に直接告白されたことはないし。

「大きなお世話ですー」
 これでも食べてなさい!!

 言いながら阿散井くんの口に、持ってきたお饅頭を詰め込んだ。甘いもの好きな彼だから、食べてる間はおとなしくなるでしょう。
 檜佐木先輩とのことは、別にこの先を望んでいないわけではないけれど、急ぐ必要も感じない。彼が強引に迫ってくれば、逃げ出す気はないし、もちろん他の人への感情とは一線を画した想いを抱いていることは確かだ。でも、まだ今は、慌てて行動をする時じゃない気がした。

「すっげえうめえ」
「でしょ?限定品なんだよ、今朝並んで買ってきたの」

 やっぱり予想通り。嬉しそうに口を動かしている彼に笑顔を返す。もう一個くれよ。と口をあける彼に、素直にもうひとつ差し出して。

「あーん」

 大きな口に欠片を投げ込もうとした所で、隊舎に現れた人影。この霊圧は、

「……檜佐木副隊長」
「なんすか、センパイ」

 先輩の口は、今にもお饅頭を飲み込んでしまいそうなカタチに開いていて。

「口あいてるっすよ」
「あ。いや、これは…」

 袖のない死覇装をスキもなく着こなした姿と、ぽかんと開かれた口がアンバランス。悪い言い方をすればかなり間抜けだ、と思った。
 まあ、そんな所も可愛くない事はないけど。



 ◆



「何でもない。それよりも、」
 急ぎの書類をお前んトコに回したはずだが。

「ああ、これっすか」

 ぴらぴらと先程仕上げたばかりの書類を掌で翻す。

「仕上がってるっすよ、もう」
「そうか。助かる」

 何だかやけに低音のかっこいい声、彼女の前だからって作ってるのがバレバレなんすけど…センパイ。

「少ししたら持って行くつもりだったんすけどねえ、コイツが」

 彼女のほうを指差す。俺の指の動きに合わせて、センパイの視線が彼女のほうへと動いて。っつうか、また胸の谷間見てんじゃねえ?そんなに露骨な視線向けんのは止めたほうがいいと思うんすけど。

「そんなに急ぎっすか?」
「あ…ああ。それを待ってるヤツがいるからな」

 取ってつけたようにカッコイイ喋り方したって、あんたのエロ視線はもう気付かれてるっつうの。

「残念ッすね、お茶も一緒に飲めねえ…とか?」
 せっかく限定発売の菓子もあったのに。

「……いや、ちょっと 位、なら」

 口ごもる所が可愛いっつうか。ほんとにこの人エリートなのかよ、って疑問を持ってしまう俺は悪くないと思う。
 そんな面白い反応されると、ますますからかってみたくなる。

「それよりさ、もう一個くれよ。あーん」

 センパイの前でそんな風に口をあけるなんて、もちろんワザとなんだけど。ちら、と視線を投げれば、呆れたような表情で彼女が饅頭を持ち上げた。

「はいはい、あーん」

 再びつられるように口をあけている先輩の姿。すげえ間抜け。

「センパイ。欲しいなら欲しいって言えばいいじゃねえっすか」
「べ…別に、欲しくねえって」
 お茶だけ頂いたら、帰るよ。

「へぇー……ホントすか」

 ああ。と相槌を打ちながら口ごもる姿に、彼女と目を見合わせて肩を竦める。

「でも、また口あいてるんすけど」


「あ゙……ッ」

 なんつう情けねえ声出してんの。つうか、自分で気付いてなかったのかよ。

「俺はいいから、檜佐木センパイに先にあげて」
「……ん」
「あーん」

 つうか、ここで"あーん"って。センパイ、どこまでボケてるんすか。普通手を差し出すとかするトコでしょ。それに、立ったまま"あーん"なんてされても、彼女の身長じゃあんたに届く訳ねえし。

「あの、檜佐木さん。届かないんですけど」

 だよなあ。お前のその冷静なツッコミ、すげえ好き。

「すまんすまん。あーん」

 って、屈んで口あけてどうするんすか。彼女、固まってるし。そりゃ、固まるよな。長い付き合いの俺だって呆れちまいそうだもん。



「あれ、まだ届かねえ?」

 違うちがう。それ以上近寄ってどうするよ。
 ぎし、ソファが軋む。彼女は背もたれにこれでもか、ってほど背中を擦り付けて。その両サイドにセンパイの腕。肩を竦めた彼女のほうに、少しずつ近付いていくセンパイの身体。

 なあ、いまどういう状況か分かってる?ソファに座った彼女に、覆いかぶさってるも同然。何にも知らねえヤツがこの光景を見たら、彼女が襲われてるようにしか見えないんすけど。
 しかもセンパイの視線、饅頭じゃなくて彼女の胸元に釘付けだし。

「ちょ、ちょっと…檜佐木 さ、ん」
 待って。

「何で?早くくれよ」
「い、や…」

 そろそろ止めに入ってやるかなあ、なんて思っていた矢先。じわじわと近付いてくる霊圧に気がついた。

 って、これ…朽木隊長の?センパイ、まずいっすよ。見られたら、絶対誤解されるって。間違いねえから。
 必死で袖を引っ張る俺の仕草にも気付かずに、センパイは饅頭(というか彼女と彼女の胸元)に夢中。


――あ……。


「檜佐木。うちの席官に何をしている」
「わ、ちょ!!隊長」
「散れ、千本桜」

 あーあ。ただ饅頭食べようとしてただけなのに。
 タイミングが悪かったっすよねえ、ご愁傷さまっす。



「べっ、弁解させてください。朽木隊長!」
「なんだ」
「あの、俺……」
「一度しか聞かぬ」

 一瞬の沈黙。そのあと、センパイがごくりと唾液を嚥下する音が執務室に響く。



「こここいつに、恋次に会いにきただけなんです」
「は?」
「俺、多分…恋次に惚れてるんだと」
 太陽を浴びて光る赤い髪が堪らないというか。おそろいみたいに入れてる刺青に親近感が沸くというか。あの、その、えーっと……


 あんた、いったい何言ってんの?
 バカだ、バカだとは思ってたけど、そこまで…かよ。俺、もう面倒見切れねえから。

 彼女と顔を見合わせると、揃って盛大なため息を吐いた。



勘違い王子

ホントなんです……多分



 困惑した唇から飛び出したのは、自分でも訳のわからない台詞で。確かに朽木隊長の怒りを急いで反らさなきゃと焦ってはいたけれど、惚れてるというならば彼女に、だろう。なんで恋次?俺のバカ。

 いったい俺は何を言ってるんだ。と思いながら、ぽかんと口を開けた3人の顔を眺める事しか出来なかった――


2009.05.06

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