変態注意報
「にしても、先輩って昔から女の好み変わんねぇっすよね」
たまたま通りかかった隊舎裏で、阿散井くんの声が聞こえて足を止める。"先輩"ってことは、会話の相手はもしかして檜佐木副隊長だろうか。
「そうか?」
離れた所で聞いても、ずんと身体の奥に響く低音ボイス。間違いない、彼だ。それにしても、短い相槌だけなのに、なんであんなにカッコイイんだろう。
「そうっすよ。もしかして自覚ねぇんすか?」
自覚?立ち聞きするつもりはなかったのに、余りに開けっ広げに会話しているから、つい聞こえてしまった。
話題が憧れの檜佐木先輩の好みのタイプとなれば、気にならない訳がない。気が付くと霊圧を殺して、聞き耳を立てている私。
「ねえな」
「とぼけたって無駄っすよ。先輩いっつも惚れんのは、胸のでけぇ美人タイプじゃねぇっすか」
「あー…そう言えば。おっぱいのデカいグラマラスな女には弱ぇかもな」
「でしょ?」
だからアイツと乱菊さんの水着写真を俺に頼んだくせに。
「ばッ…あんまデケぇ声出すな!人聞きわりぃだろうが」
"アイツ"ってのは、私のこと?そう言えばこの前は結局、ことの真相を確かめないままうやむやになってしまったけど、やっぱりあの卑猥な噂は本当だったってことなのかな。後で阿散井くんを問い詰めなくちゃ。
それにしても、"おっぱい"だなんて直接的な言葉があのハスキーボイスで紡がれると、やけに厭らしさが増して聞こえるのは、気のせいだろうか。
たしかに、自分が胸のちいさい方ではないという自覚はあるけれど。檜佐木副隊長が邪な目で見ているのかもしれないと思ったら、何となくぞくりとして死霸装の胸元を掻き合わせた。
「ったく、今更っすよ。檜佐木修兵の巨乳フェチ説は有名なんすから」
「だから…恋次!声がデカいって」
「でもホントのことっしょ?」
「それを言うなら、お前だって巨乳好きじゃねえか」
「檜佐木センパイには敵わねぇっすよ」
何でも、瀞霊廷通信の取材だとか言って、一護といっしょに女モンの下着屋へ行ったらしいじゃねえっすか。「"ランジェリーショップ"だ。って、んな事はどうでも良い!何でお前が知ってる?」
「だから、一護に聞いたって」
「あれは、頼まれて仕方無くだなァ…」
「"檜佐木副隊長は現世に行くたび女モンの下着屋に出入りしてるらしい"って噂になってるっすよ」
「だから下着屋じゃなくて、"ランジェリーショップ"だ」
「はいはい、そうですね
(つうか…センパイ、ツッコミ所間違ってます)」
空耳だろうか?今、あの先輩の口から"ランジェリーショップ"なんて言う耳慣れない言葉が聞こえた気がするんだけど。最近の瀞霊廷通信にその類の記事が載った記憶もないし。
(クソ、黒崎一護のお喋り。後で覚えてろよ)「それに、先輩。他にも巨乳フェチを裏付ける話があるんすけど」
「まだ、何かあんのか?」
「"俺は乱菊さんのブラジャーのサイズを知ってる瀞霊廷唯一のオトコだ"とかって、自慢してるっつう噂。ホントすか?」
「ぶっ……」
「まあ、乱菊さんの場合は巨乳の域をとっくに越えて、爆乳っすけどねぇ」
で、真相はどうなんすか?
今、ブラジャーのサイズ…って言った?空耳であって欲しいと心から願ってはみても、余りにはっきり聞こえた阿散井くんの声は、しっかり脳裡に刻まれてしまった。
なんだか眩暈がする。
隠れて息を潜めていた足元が、ゆらゆらと揺れて。地面がまるで底無し沼のように沈んでいく気がするのは錯覚なのか現実なのか。もう、霊圧を抑え続けるのは無理かも。と思った瞬間に、視界ががくりとズレた。
「……あれ?」
「彼女、か」
気を失っている私の傍で、ふたりの声がぼんやりと聞こえる。
「聞かれちまったんすかねぇ」
「……っ」
ふわりと抱えあげられた事は分かったのに、それが彼らの内どちらなのかは分からなくて。膝の裏と、脇の下に差し込まれた腕は力強いのに優しい。
「きっと、ショックだったんだろうな。だから倒れちまった、とか」
「お前の所為だぞ、どうしてくれるんだ!?」
檜佐木副隊長の声は、頭の真上から響いてくる。ということは、私を抱きかかえているのは先輩ってことだろうか。それを意識したとたんに、頭はまだくらくらしているのに、心臓までもがどきどきと煩く騒ぎ始める。
尾テイ骨直下型のエロボイスとは良く言ったもので、これだけ間近で聞かされると、本気で腰の辺りの骨が砕けてしまいそうだ。
「お前の所為とか言われても……元々センパイの所為じゃないっすか」
「……」
「……先輩?」
「………」
「檜佐木センパーイ?」
「…………」
「どうしたんっすか?」
「……………」
ボスン、と鈍い音がして身体が揺れる。きっと阿散井くんが、話しかけても返事のない先輩の背中でも叩いたんだろう。
バランスを崩しそうになった私を落とさないように、彼が小さく姿勢を変えたら、やけに身体の密着度が上がった。
「やっぱ……スキ」
「は?何すか急に」
「だから、スキなんだって」
「いや。訳分かんねぇんすけど」
「俺、巨乳フェチでも変態でも何と言われてもイイ」
「……はあ」
「彼女。やっぱ、俺の理想なんだよなァ」
「そりゃ良かったっすね……って!どこ見て言ってるんすか、センパイ」
「え?どこってそりゃ、おっぱ…痛ッ!!」
檜佐木副隊長が全部言い終わる前に、背中に回した指先で思いっきり皮膚を抓って。重い瞼を必死で持ち上げると、端正なその顔(思った通り、見たこともない位だらしなく緩み切っていた)を睨みつけた。
「檜佐木先輩って……そんな人だったんですか?」
変態注意報ちなみに…趣味は君の観察だったり それが世間で言う所の、所謂"ストーカー"なんだって、乱菊さんに指摘されるまで気付かなかった――
2009.03.26
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