series 楽天的落下 | ナノ

  告白は計画的に


「阿散井くん、あのね」と、みょうに深刻な顔で問いかけてきた彼女は、霊術院の同期で同じ六番隊の席官だ。

「んだよ、真面目な顔して」
「ちょっと変な噂を聞いて、」

「はぁ?」と問い返せば言いにくそうに口ごもる。

「多分、何かの間違いだと思うから阿散井くんに確かめるのもどうかと思うんだけど」

 いつになく歯切れの悪い物言いが、ちょっと引っ掛かったのはたしかだ。

 普段は可愛い顔して、すっぱりさっぱり切り捨てる"笑顔の毒舌女"と陰で呼ばれている彼女だから(んな事、本人には言えねぇけど)。

「じゃあ、気にするコトねぇじゃん」
「そう…なんだけど、でも」

 眉間に皺を寄せて考え込んでいる横顔に、長い睫毛が影を落とす。その姿は、心に迫る何かがあって。
 流石に、同期の中で一番人気だったことも頷けると素直に思った(勿論いまも、人気はある)。


「はっきり言えよ、んなんじゃ気持ち悪ぃだろ?」
「ん。あの、ね」
 檜佐木先輩が、この前阿散井くんにある頼み事をしたってのは、ホント?


 いつもはすっぱり斬った後に傷口に塩を摩り込む("塩を塗る"じゃなくて、"摩り込む"のだ。それも容赦なく)ほどに辛口の彼女が、唯一そのフィルターを甘くする人間。
 それが檜佐木先輩で。
 無意識なのか意識的なのかは分からないけれども、傍から見ていれば、明らかに特別な感情を露呈している。
 本人が気付いてるかどうかはともかく、多分彼女は先輩に好意を持っているはず(いや、むしろ既に惚れてるんだと思う)。

 確かに彼のことは俺だって尊敬もしてるけど、院生時代と違って彼との距離感が縮まってからは、意外に思える一面もたくさん見えて。
 エリートで頭も顔も良くて、おまけに副隊長なんてポストにいれば、どんなにスゲー人なんだろうと思うけど、蓋を開けてみればあれれ?ってヤツだったりするモンだ。
 だから、手放しで二人を応援するのがイイ事なのかどうかは頭を悩ます所で。
 とは言っても…まあ、周りがどうこうしなくても、きっと落ち着くべきトコに落ち着くんだろう。

「気になってるってそれ?」
「…ん」
「別に先輩が後輩にモノ頼むのなんてフツーの事だろ。俺も慣れっこだし」

 掴みどころのない問い掛けに、面倒になったなんて言ったら、怒られそうだからはっきり言えないし。


「じゃあ俺、執務に戻るわ」

 さらりとかわしたつもりで、その場を立ち去ろうとした背中に、やけに切羽詰まった声が届けば足も止まる。

「"頼み事"よりも、気になってるのはその中身」
「中身?」
「なんか卑猥な噂だったから」
「……」
「あの檜佐木先輩に限って、そんな噂ウソだよね」
 あれ?阿散井くん、顔色悪いけど。

 "あの檜佐木先輩に限って"って、お前がどんな風に彼を見てるか知らねえけど、"エロスって言葉は檜佐木修兵の為にある"っつうのが、親しく付き合っている俺の中の認識で。
 あの顔面卑猥刺青が、すべてを端的に物語ってるじゃねえか。
 お前、完璧騙されてるし。恋でフィルター歪めるのも大概にしろよ。


 "卑猥"というセリフでピンと来たのは、女性死神協会で現世の海に行ったときの一件で。

「女性死神たち(中でも特にお前…と、乱菊さん)の水着姿を撮って来てくれたら、金は払う」
って、確かに頼まれたけど。
 もしかして、その噂聞いたのか?

「えっ…あ、ああ!!気のせいだろ」
「そう?」
「そうだって!!」

 誤魔化そうとする意識が強いほど、吐き出す言葉は不自然になる。
 俺、嘘吐くの苦手なんだよな。

「でも、いつも阿散井くんは嘘吐くときにそんな顔する」
「……ぐっ!?」

 ここで否定すんのが、正しい後輩としての言動だってことは、いくらバカな俺でも分かる。
 充分、分かってるけど。

「やっぱり…なんか隠してるんだ」
「ち、ちげぇって!馬鹿」
「じゃあ、なんで吃るの。噂がほんとだって言ってるようにしか見えないけど」

 鋭い台詞に足元を掬われれば、それ以上頭が回らなくて。
 ちょうどタイミング良く(というか、最悪のタイミングで、というか)近付いてきた檜佐木副隊長本人に、縋るような視線を向けた。

 檜佐木先輩。
 やっぱ、俺…無理。
 フォローなんて出来ねぇっすよ――


「なに、情けねぇ顔してんだ…阿散井」

 近付くなりからかうような声を出す先輩に、無性に腹が立つ。
 誰のせいだと思ってんだ?アンタのせいだよ、アンタの!
 苛々している俺の前で、打って変わったように彼女は満面の笑み。そんな顔見せられたら、余計に腹が立つっての。二人して俺の神経逆撫でかよ?

「お疲れさまです、檜佐木副隊長」
「おう、お疲れさん」

 俄かにふたりの周りに広がる甘い空気(気のせいか?)。あー…なんか俺、目ェおかしいのかも。ハートが飛び交って見えんだけど。
 もう、とっととくっついちまえば良いんじゃねえ?欝陶しいし。

「さっきからずっとこうなんですよ、阿散井くん。変ですよね?」

 ヘンって何だよ、お前の質問のせいじゃねぇか。ったく…二人ともいい加減にしてくれっつうの。

「ああ、間違いなく変だな」

 何なんすか、ソレ。
 やけに低くてカッコイイ声まで作っちゃってるし(先輩が彼女を狙ってんのは知ってますけど、そんなんするんなら俺を巻き込まないで欲しい。というか、俺をダシにすんな!)。

 嬉しそうな表情で相槌を打つ先輩を睨みながら、彼女に向かって声を張り上げて

「なんで俺がヘンな顔になってるか、お前が説明しろよ(先輩に関する噂のせいだろうが)。それから…」

 少しだけ先輩に近寄ると、耳元で囁いた。

(水着姿に金払うっつう件、バレてるみてぇっすよ。ご愁傷様っス、先輩)



――……まじかよ。

 低く呟いた彼は、幾分青褪めていて。途端に情けない表情に変わった先輩に、心の中だけでこっそり笑うとその場を後にした。

 ちったあ慌てればイイんだ。





 阿散井くんも人が悪い。私の気持ちにもしかして気付いるのだろうか。だとしたら寧ろ、気をきかせてくれた、のか。
 いきなりふたりきりになった動揺をごまかすように口を開く。

「えーっと、さっき阿散井くんが言ってたのは」
「ちょ、ちょっ…ストップ!!」

 青褪めた先輩は、死霸装から惜し気もなく覗かせた筋肉質な腕を私の方へと伸ばして。

「え…?」

 掌で口を塞がれれば、息が止まりそうになる。
 先輩の指。いま、私の唇に触れてるんですけど。なんだか熱い。


「先に、弁解さして」

 低いハスキーボイスは、間近で聞けば尚更カッコイイんだと、ぼんやりした頭では、何度も囁きを反芻する。
 さっきまですごく落ち着いて穏やかな表情を浮かべていたはずの先輩は、阿散井くんが耳元で何かを囁いたのをきっかけに急に余裕をなくして。

 "弁解"って、一体どういう意味だろう。

「あれは、違うんだ。そんなんじゃなくて。断じてそんなつもりはない」

 頬をうっすらと染めた鋭い顔。
 そのギャップにくらくらしてさえいなければ、いつもの私なら彼の言葉の意味に気が付いていたんだろうに。
 焦ったそぶりで両肩を捕まれれば、肌に食い込む指の感触に気を取られる。

「だだだから、あれは瀞霊廷通信の取材の為で…欲望がどうこうじゃなくて、純粋な職務意識的お願いだったというか」
「はあ、そうですか」

 口を塞がれて体内の酸素量が不足していたからか、思ったより冷たく声が出てしまった。
 余りに必死な様子だったので、相槌を打ってみたけれど、彼の伝えたいことはまったく分からないまま。

「……怒ってる、よな?」

 いまの私を見て、誰が怒ってるなんて言うだろう。むしろ憧れの先輩との会話で、いつになく機嫌が良いくらいだというのに。
 檜佐木先輩は落ち着いた洞察力のある人だと思っていたけれど、そうでもないらしい。

「いえ」
「つまり、さ。君の死霸装の中身が見たいっていうのは、俺が君のことを知りてぇって事で」

 また甘い掠れ声に気を取られそうになったけど、ちょっと待って…いま、変な言葉が聞こえた。

 "死霸装の中身が見たい"って、なに?

「皆のが見たいんじゃなくて、君のが……いや、乱菊さんのも…でもやっぱり君のが一番見たいって言えば、さ」

 しどろもどろの様子すら可愛い、なんて思っている場合じゃなくて。
 言葉から分かる事実を問題視すべきなんだよね(でも、どこかで嬉しいと感じている私って…おかしい?)。
 結局。阿散井くんへの卑猥な頼み事は、ほんとだったってことだろうか?

「先輩、」
「何、言いたいのかわかってくれた?」

 鼓膜を撫で下ろす声は、相変わらずエロチックなまでに掠れていて。

「全然ワカリマセン」

 見上げた瞳を射竦められたら、身体の芯を支えていたものが、ばらばらにほどけた。



告白は計画的に

(言葉じゃ伝わんねぇなら、身体でっつうのは………って、痛ッ!!)


 崩れそうな腰を抱き寄せれば、バカ。と呟いて、足を思い切り踏み付けられる。

 こんなはずじゃなかった(カッコ良く告白を決めてやるつもりだった)のに、君の前ではただの馬鹿な男――


2009.03.08

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