エアコンの冷気で程よくひやされた室内、黙々と手を動かしている彼女を見つめる。
 妙に真剣な顔付きをしているかと思えば、時折ふうわりと表情を崩して頷いたり首を傾げたり。
 その思考を支配しているのはなんだろうかと、想像すれば自然に俺の口許もゆるんだ。

「くくっ」
「なに?」
「いや、別に」

 なんでもねぇ。と、答えながら唇の端をきゅっと持ち上げる。

 ひとつなにかを手に取るたびに、使い方や仕舞う先を具体的に思い描いて。
 その結果としてころころと表情を変えているのだとしたら、それだけでじんわりと心が満ちて行く。

 一緒に暮らすという選択肢は、ごく自然なものとしてふたりの前にあって。
 すべての物事がスムーズに進行しているこの現実は、予め敷かれた軌跡に乗って運ばれているようにすら思える。

 ふたりを取り巻くなにもかもが
 言いようもなく嬉しかった――





-scene24 決意と対峙-








「うちはさんの婚約者って、どんな方なの?」

 サスケの披露宴を間近に控えたその日、林檎の部屋にはすでにダンボールの山。
 すっかり様変わりしてガランとした室内は、夏だというのにすこしもの寂しい。

「サスケと同じ研究室の先輩で、」
 ちょうど俺たちが研究室に配属された時、彼女が院生で所属してたんだよ。

「じゃあ、シカマルにとっても先輩なんだね」
「ああ。つっても俺は隣の研究室だったけどな」
「やっぱり意匠系なの?」

 同じ敷地にある新居までは、中庭になっている駐車場を突っ切れば、歩いて数分の距離。
 ふたりで荷物を詰めたダンボールを運びながら、会話を続ける。

「ん。サスケの先生が教授で、俺んトコが助教授」
 たしか、先輩もいまじゃ助手になったって、サスケが言ってたかな。

 あと数往復もすれば、ほとんどの家財は運び終える。

「そうなんだ?だから大学の近くに引越されたのかな」
「そうかもな。助手っつうと、自分の研究だけじゃなくて講義もあるし」
 学会準備に研究生の面倒見るだけじゃなくて、教授の秘書役までやらなきゃなんねぇからな。

「うちはさんも心配なんだね」
「ああ」

 かるくなった手を、首にかけたタオルで拭う。
 戻った部屋はひんやり冷えていて、額に浮いた汗が一気に引いた。


「今日から、あっちの部屋で寝るか?」
「そうだね。エアコンの工事も夕方には終わるし」
 じゃあ、もう少しだけ手伝って。

 この暑さじゃ、流石にエアコンなしはキツい。

「ああ」
「夜は天姫たちがお祝いの会を開いてくれることになってるし、」
 夕方までに運ばなくちゃ。

「了解」
「でも、ちょっとだけ休憩」

 疲れたのか、ほっとため息を吐き出している林檎の頭を軽く撫でると、もうすぐ来る事もなくなる場所を惜しむように手を引いて。並んでベランダに立つと、ポケットから煙草を取り出す。
 自販機で買ったスポーツドリンクはよく冷えていて、火照った咽喉の奥を気持ちよく潤してすべりおちる。


「後でちっと相談があんだけど」
「ん、分かった。 改まって、どうしたの?」

 いや、後でな。煙を吐き出しながら眺めた空は、真っ青に澄み渡っていて。
 隣で微笑む林檎の笑顔を、この先もずっと守りたい と、思った。







 うちはさんの二次会は、とても盛り上がって。なのに、司会をするうずまきさんは、どこか気もそぞろに見えた。
 隣で微笑みながら、シャンパンを口に含んでいる天姫に顔を寄せる。

「うずまきさん、体調でも悪いのかな」
「いつも賑やかな人だけど、今日はちょっと変だよね?」
「そうなの」

 天姫もやっぱり、私と同じように思っていて。
 多分、彼女のせい かな。

「一目惚れでもしたんじゃねぇの?」
「犬塚さんもそう思います?」
「ああ。さっきあのブライダルコーディネーターの子が近付いた瞬間、」
「杏?」
「そうそう、杏ちゃんだっけ。あの時、」
 ナルトの恋に落ちる音が聞こえた気がしたぜ。

「まさか!」
「でも、私にもそう見えたよ」
「だって杏ちゃん、めちゃくちゃ可愛いもんなァ」

 そう。きっと、彼は恋に落ちて。
 鋭い彼女は、もう、それに気付いてる――







 昔からそうなんだけど、林檎って自分以外の恋愛に関する感覚はすごく鋭いのだ。その意識を、半分でも自分のことに向ければ、奈良さんもすこしはラクになれるんだろうに。

 それにしても、キバったら杏のことを"めちゃくちゃ可愛い"なんて言っちゃって。
 ワザとじゃないって分かってるけど、やっぱり聞いてて気持ちのイイものじゃない(他の女の子を褒めるのが厭だなんて、子供っぽいのかもしれないけど)。
 あとで何か"お返し"しちゃおうかな。
 なんて、
 せっかくのおめでたい席なのに、そんなことを考え続けているのは性格的に許せないし。

 すこしだけ斜めになった気分を、さっさと元に戻したくて。
 テーブルの下、向かいに座ったキバの脚をコツンと蹴ると

「痛っ!何すんだよ森埜」
「ごめーん、当たっちゃった?」

 白々しく謝りながら、森埜はにこりと笑った。







 うちはさんたちの席へ、ビールを持ってシカマルと一緒にご挨拶に向かう。
 お嫁さんの隣には、親しげに会話を交わす可愛らしい女の子。まだ、学生さんだろうか。
 同じくビールを片手に近付いてきた山城さんは、何故かうちはさんではなく花嫁さんの方へ近付いて。

「アオバ先輩、お久しぶりです」
「久し振りだね。元気だった?」
 会社で噂だけはちらほら聞いてたんだけどね。うちの教授も元気かい?

 いやに親密そうに語り合っている所を見ると、もしかしたら山城さんも同じ大学の出身なんだろうか。
 聞いたことなかったけど。

 考えてみれば私、未だにシカマルのことでは知らないことだらけなのかもしれない。



 ふと隣を見ると、シカマルはまだうちはさんと酌を交わしながら、楽しそうに話を続けている。


「林檎ちゃん、君もお酌どうぞ」
「あ、はい」
「彼女は、同じ大学の後輩なんだ」

 山城さんが、花嫁さんの方を指差す。
 そうなんですよ。と、言葉を返してくれる彼女は、心から幸せそうな笑顔だ。
 結婚式にはまったく興味がないけれど、誰かのこんな表情を見れるのは良いものだなと、純粋に思う。

「じゃあ、山城さんも奈良さんやうちはさんと同じ大学ですか」
「ああ。聞いてなかった?」

 記憶を辿ってみたけれど、やっぱり覚えはなくて。
 たまたまそんな話にならなかっただけで、シカマルにしてみれば隠しているつもりなんてないんだろう。
 私だって、自分の大学のことをシカマルに話した覚えはないし。

 こくりと一度頷くと、笑顔のお嫁さんの方へビールをすっと差し出した。

「本日はおめでとうございます」
「ありがとうございます。うちはが、いつもお世話になって」

 山城さんの配慮でスムーズにお酌を済ませ、ひととおりのご挨拶をすると、隣の女の子と軽く会釈を交わす。
 なにかを話したそうな彼女の様子を、すこしだけ不思議に思ったけれど、心あたりはない(女子大生との接点なんて多分、ないはずだ)。

「お先に失礼します」

 ひとことだけを掛けて、次々にお酌をしに訪れる人たちへ場所をあけた。


 席に戻る途中、シカマルが私の耳に顔を近付ける。
 賑やかな会場では、随分近寄らないと会話が届かないから。

(どうしたの?)
(いや、さっき先輩の隣にいた子)
(あの、可愛い女の子?)

 ああ、と言いながら私の手からビールの瓶を受け取って、シカマルはそっと腰に手を回す。
 自然な仕草なのに、耳にかかる息がくすぐったくて、肩を竦めた。

(あの子、夏休みの間オープンデスクで桃地事務所に行ってたらしいぜ)
(へえ、そうなんだ。じゃあ、)
 私が出向してなかったら今頃顔見知りだったんだね。

 あの子なら、きっと我愛羅さんやサイさんにも可愛がられたんだろうな。
 ふんわりした雰囲気だけど、キラキラ目が輝いていて。
 大学の頃って、一番建築への情熱が高まってる時なのかもしれない。
 オープンデスクに行く位だから、きっと桃地夫妻のセンスを敬愛してるんだろうし。

(またどっかで縁があるかもな)
(そうだね)

 なんとなく視線を感じて振り返ると、その子がやっぱりこちらを見ていて。
 笑顔を浮かべたままもう一度頭を下げると、そっと席に着いた。







 片付けが終わったのは、まだ陽が高い時刻。
 新しい部屋は内装をやり替えて日が浅いせいか、つんと鼻につく独特の匂いが漂っている。

「キバん所に行く前に、汗流すか」
「そうだね、お先にどうぞ」
 バスタオル出しておくね。

 作ったばかりのダンボールの蓋を開けながら、シカマルに背を向ける。

「一緒に入んねぇの?」
「今日は止めとく。すこしでも片付けておきたいし」
 でないと今夜から此処で寝れないよ?

 それに、一緒に入るとついつい長湯しちゃうから。と、思ったけれど、それは言わないでおいた。
 ダンボールのひとつからお目当ての品(洗面器やボディソープその他諸々)を探り当てると、まだリビングでぼんやりしているシカマルに無言で手渡す。

「さんきゅ」
「ガスは開栓してあるから、給湯リモコンのスイッチは自分で入れて」
「おう」
「それから さっき言ってた話、お風呂上がりで良いかな?」

 頷いて踵を返す広い背中を見送ると、ふたたび荷物の山に向き合った。

 片付けは結構好きな作業だ。
 それぞれの物たちに居場所を与えて、あるべき所へ納めるという単純な作業の繰り返しは、何故か精神的にもすごく不思議な作用をもたらしてくれる。
 頭のなかまで整理される感じ。

 手を止めずに荷物の山を開きながら、この先のふたりでの生活がぼんやりと浮かんでくる。
 途中、タオルをサニタリーに届けに立ち上がった以外は、ずっとリビングに居座って、空のダンボールを次々と積み上げた。

 シカマルがお風呂から上がる頃には、リビングのカタチはほぼ調っていて。

「お先」
「おかえり」
「相変わらず、仕事早ぇな」
「そう?でも電化製品は配置しただけで繋いでないから」
 そこはシカマルに任せるね。

 言いながら、着替えとバスタオルを手に持つと、立ち上がった。

「了解。他には?」
「多分、家具が届くから受け取りお願い。あとは、自分の部屋の片付けしててくれたら良いよ」
 でも、せっかく汗流したんだから、頑張り過ぎないでね。

 取り付け工事の終わったばかりのエアコンが、順調に環境を制御をしているその部屋は快適で。すこしくらい動いても、汗なんて出ないんだろうけど。

「わーってるって」
「じゃ、よろしく」

 かるく笑顔を向けると、リビングを後にした。







 ぬれた髪を拭いながら現れた林檎の手からバスタオルを奪い取り、わしゃわしゃと彼女の髪を拭う。
 シャンプーの甘い香りは、同じものを使っている筈なのに、彼女から漂うと全然違って感じた。

 真新しいダイニングテーブルにすっかりご満悦の様子が、可愛くてならない。
 うれしそうに椅子に腰掛ける彼女の後ろに立つと、振り返った林檎が、やけに真剣な顔で問い掛けた。


「で…、シカマルの話って何?」
「ああ」

 髪を拭く手を止めて、隣の椅子に腰をおろす。

「お前ん家の事なんだけど」
「私の家?」
「家というより家族、な」
「ああ、今日からシカマルと家族になるんだ」
 よろしくね。

「ああ、よろしく。って、違ぇよ。お前のご両親のこと」
「うちの親がどうかした?」
「どうもしねぇけど」

 不思議そうに首を傾げる彼女には、まったく意味が通じてないらしい。
 ふっ、息を吐き出すと、俺を見上げる双眸に視線を合わせた。




「やっぱり、親父さんにきちんとご挨拶しておきてぇんだ」
「お父さんに?でも、」
 この前お母さんにああ言われたばっかりじゃない。

「それでも、俺の中の筋は通してえ」
「………」
「お前、ひとり娘だろ?」
「ん。弟はいるけどね」

 男親の立場だったら、せめて籍を入れる前に挨拶くらいはされたい筈だ。
 もし、俺が父親だったらきっとそう思う(黙ってやり過ごして事後報告なんてのは、逆にめんどくせぇことになりそうな気がして仕方ねえしな)。
 それに、このまますべきことを流れで飛ばしてしまったら、胸を張って林檎と居られない気がする。

 だから。

「ちゃんと、お前の父親にも認められた上で一緒になりてぇんだ」
「……でも」
「俺の意地、通さしてくんねぇ?」


「………分かった」
 じゃあ、後で家に電話してみるね。

 静かに立ち上がって、再び彼女の後ろに回る。

「ああ、頼むわ」
「でも、お父さんも忙しい人だから 期待しないで」

 いつもより真面目な声を発した林檎を、背中からそっと抱き締めた。







「引越しの準備は順調なの?」
「うん。今日から新しい部屋の方で寝泊まりする予定」
「で、籍を入れる日は決まった?お父さんも何か勘付いてるのか最近ちょっとイライラしてるし」
 早くしちゃいなさいね。

 漏れ聞こえる彼女の母親の声は、先日会った時の印象と寸分違わぬもので。
 離れて聞いている俺まで、背筋が伸びそうだった。

「その事、なんだけどね」
「何よ、もしかして奈良さん あんたに呆れちゃって、結婚取りやめるとか?」
「違うよ。シカマルの誕生日の9月22日に入籍をする予定なんだけど」
「良かったじゃないの、じゃあ何も問題ないでしょう」
「お父さんのこと」
「あの人の事は私に任せて、さっさと入籍済ませちゃいなさいって言ったでしょう?」
「うん。でも、ね」

 言いにくそうに口籠る林檎の方へ、手を差し出す。
 アイコンタクトで"俺が代わるから"と、伝えると、彼女の表情がすこし和らいだ。

「お母さん、ちょっと待って。今、シカマルに代わるから」

 受話器を受け取って、深呼吸を一度。
 心配そうな彼女の頭を片手でそっと撫でながら、ゆるやかに声を吐き出す。

「お電話代わりました、奈良っす。先日は誠にありがとうございました」
「こちらこそ。で、あの子の話って何かしら?」
「その件なんすけど、」

 簡潔に用件を述べると、日付を決定して(サスケの結婚式の翌日になった)、電話を切る。
 来週までの約1週間、どんな風に話をするのか考えておかねえとな。


「大丈夫だった?」
「ああ。来週会う事になったから」
「……分かった」
「大丈夫だっつうの」
「うん。シカマルのことは心配なんてしてないけど、」
 お父さん 相当頑固だからなあ。

 ちいさな呟きを聞きながら、じわじわと緩やかに緊張が高まって行く感覚は、何故か快くもあった。







 うちとは違う洋風の門構えの前に立って、おおきく深呼吸をする。
 インターホンを押してからたった数秒なのに、その待ち時間が限りなく長く感じた。

(大丈夫?シカマル何だか顔、強張ってる)
(ああ。気にすんな)

 とは言ったものの、緊張しないのは無理な話。
 どんな顔をして親父さんが出てくるのかと、ひそかに掌に汗をかいて。動悸は激しくなるばかり。

 父親の気持ち、なんてのは想像することしか出来ないけれど、例えば俺が林檎を手に入れるために何をする覚悟も出来るのと同じように、親父さんは何があっても彼女を手放したくないと思うのだろう。
 その執着にも似た愛情は、理屈では説明なんて出来ないもので。

 いつになく眉間の皺が深くなりそうな、なんとも言えない時間。
 緊張が否応なく高まった俺の前に現れたのは

「お待たせしちゃってごめんなさいね」

 にこやかな表情のお母さんで、正直少し気が抜けた。

「いえ、こちらこそ。無理言ってすみません」
「さあ、どうぞ」
 あの人、今頃になってやっぱり会わないなんて子供みたいなこと言いだしてね。

 笑いながら会話を続けるお母さんに、笑顔を返すこともできなくて。

「もう。私だっていい加減大人なんだけどな」
「でも、あの人にとってはいつまでも可愛くてちっちゃい娘なのよ」

 はあっ…ため息を吐く林檎の隣を歩きながら、いつになく引き締まった気持ちではじめての家のなかに入る。
 外の明るい陽射しとは対照的な、ひやりと涼しい室内。
 まだ姿の見えない親父さんの気が、玄関先まで溢れているように思えるのは、すくなからず臆する気持ちがあるからだろうか。


 応接間らしい扉の前で立ち止まったお母さんが、ドアを2度ノックする。

「どうぞ」

 なかから聞こえた低い声に、怯んでしまいそうな感情を、必死で噛み殺して。
 促されるままに、開かれた扉から中へ進んだ。

「失礼します」
「……」


「はじめまして。お嬢さんとお付き合いをさせて頂いている、奈良シカマルと申します」

 ちらり、射抜くような鋭い視線が投げられるが、言葉はない。
 大柄な身体を折り曲げるようにソファに座ったまま、身動ぎひとつしない彼を前に、心臓がぎゅっと縮みあがるような気持ちだった。



「お父さん?」
「……」
「返事くらいしてよ」

 何も語らない親父さんが、もう一度俺の方へ視線を向ける。
 そっと掌を上にして着座を促す仕草に、一礼をすると腰をおろした。


「お茶を入れて来るわね」
「私も手伝うよ」

 って、おい!?
 お前は俺をいま、ここにお父さんとふたりきりにするつもりかよ?

 まじで勘弁してほしいと思ったけれど、まさか声を出して抗議する訳にも行かず。
 数秒後には、パタリと閉じられたドアの内側に、男ふたりで取り残されていた。

 部屋にはちいさな音量でクラッシック音楽が流れている。
 会話の糸口を探ろうと、不快にさせない程度に室内へ視線を彷徨わせる。

「今日は、お忙しい中お時間を取って頂いて恐縮です」
「いや」


「本日は、ご報告があって伺わせて頂きました」

 顔の前で組まれた両手は、俺のものよりも一回り大きくて。
 苦虫を噛み潰したような難しい顔で、なかなか口を開かない姿は、流石に大手企業の重役らしい威厳に溢れている。


「娘さんとの将来のことなんですが。お話、聞いていただけませんか」

 緊張が高まり過ぎると、呼吸をするだけで、異常に早い脈動に吐き気をもよおしそうになるものなんだ、なんて、どこかで冷静な自分が意識の外から自分を見ていて。
 なのに、膝の上で握った拳は、ちいさく震えていた。

 続く沈黙に居た堪れなくなるけれど、ここで引いてしまっては、今日こうして訪れた意味がなくなってしまう。
 黙って彼に視線を合わせたまま、飲まれそうになる気持ちを必死で諌めて。

 数十秒が経過したのち、目の前から低い声が聞こえた。



「 話を、聞こうか」
「はい、」

 もう一度大きく息を吸い込むと、ゆっくりと吐き出して。
 親父さんの眼をしっかりと見つめたまま、慎重に言葉を切り出した。
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