+ コンタクト 〜その前に +
   

 

 

 
仕事の合間に来る、馴染みのコーヒーショップ。

本当ならばもっと落ち着いた品のいい喫茶店にでも行きたい所だが、そう長いこと休憩なんてできない訳で。
結局、自社と同じビルに入っているここにいつも来てしまう。

同じビルとはいえ、それでも会社の外に出ての休憩は、ぐっと気分もリフレッシュできるからな。

 

いつものようにガラスで仕切られた喫煙席につく。
疲れたように肩に手をやり、緩く首を回す目の前の男。

「お疲れだな」
「あ?あぁ」
それはお互い様だろーが、という呟きに苦笑した。

「確かに」

胸ポケットからケースを取り出して煙草を一本、す、と抜き取る。

「あ…」
何だよ。やけに軽いと思ったら最後の一本だったのか。後で買いに行くか。

空になった箱を机に放り、ようやく煙草に火を点けて一服。
あぁ、うめぇ。

 
ふー、と肺の中に溜まった空気を吐き出すと、目の前の男が視線を泳がしているのが視界に入った。
手にはまだ火を点けていない煙草を持ったまま。

デカイ身体のくせに背筋を伸ばしてそわそわしてるもんだから、目について仕方ねぇ。

 

…ま。

理由が分かってる俺としては、そんな様子もほほえましく思えちまうんだけど。

 

「…何だよ、きょろきょろしやがって」
にやりと上がった口の端を隠す事もせずにそう声をかけると、目に見えてびくりとするアスマ。

 
「…別に」
ごまかすように、手にした煙草に火を点ける。

が、俺の顔を見るなり、かっと顔を赤らめた。

 

 

「…ゲンマ、お前はよぉ…」
「ん?」
すっとぼけていると、目の前の大男はがしがしと髪の毛を掻き、大きな溜息と一緒に紫煙を吐き出した。

「…ホント、時々怖くなるわ」
お前って奴が。

「心外だな」
「よく言うぜ。全部お見通しのくせに」

ちくしょう、と拗ねたように呟くアスマ。

 
滅多に見る事の出来ないその表情に、思わずくつくつと笑いが洩れてしまった。

「拗ねても可愛くねーから、止めろ」
「るせー」

ごくり、とアイスコーヒーを飲み下すアスマに、はは、と久しぶりに声をあげて笑った。

 

 
「もうすぐ来るんじゃねぇの」
「……」
おーおー、完全に拗ねてやがる。

今この熊男の頭の大部分を占めてること。
同じビルに入っている別会社の女の子だ。

ほぼ毎日、彼女もこの店で休憩をとっているようだ。

 
ったく、いつの間に目ぇつけたんだか。…熊男のくせに。

 

「名前くらい、分かったんだろ?」
「…るせぇ」

耳を赤くしながら、煙草をふかすアスマに驚いた。

 
「…マジ?」
「何が」
「や…名前」
「……知ってたら苦労しねぇよ」

そこまで言うと、またアスマは頭を掻いて煙草を揉み消した。
そして、深い溜息をひとつ。

 
「…なんで、お前にこんな事言わなきゃなんねぇんだよ」

 
そんな奴の様子が余りにも新鮮で。

あー…あんまり面倒な事には頭突っ込みたくねぇけどよ…

 
俺が手を貸さねぇと、この熊はずっとこのままなんじゃねーの?

…ちょうど今俺も、ある人に頑張ってるところだし?こいつの気持ちが分からない訳でもねぇ。

世話になってる奴の為に、背中の一つや二つ、押してやろうじゃねぇの。

 

 

「…お」
噂をすればなんとやら。

「…!」
アスマも気付いたようだ。

背の低い子だから、店が混んでいると客に紛れて見えない事もしばしばだが、そんな中でもアスマは見つけだすんだよな。
…コイツがこんな風に優しい目をするなんて、今まで知らなかった。

 
―――ったく。
そんな顔見せられたら、尚更手を貸さねぇ訳にいかないっての。

 

「アスマ、悪ぃ」
「あ?」

 
ハッとして席を立つ俺を見上げるアスマに、苦笑い。

・・・どんだけ見つめてんだよ、あの子の事。

 
「俺、煙草買ってくるわ」
「おぉ」
「すぐ戻る」

 
机に放った空き箱を手に喫煙室を出ると、耳に聞こえてくるビルの喧騒が少しだけ大きくなった。

 

 
 

 

あの子は・・・

喫煙室を出て、す、と視線を泳がせて小さな影を探すと、彼女はまだ注文待ちの列に並んでいた。

 

・・・ん?

 
彼女も、なんだか落ち着かない様子で周りをちらちらと見ている。

視線の先には―――

 

 
・・・なんだよ。

 
一気に気が抜けて、知らず口元に笑みが浮かぶ。

 
ったく。アスマの野郎・・・世話ねぇぜ。

 

 

―――彼女の視線は、先ほどまで俺がいた場所を泳いでいて。

 
その、ほんの少しだけ上気した頬と緩んだ目元が、あそこに座っている熊男の表情と重なった。

 

 

まぁ、それでも。
あの男はそんな事知る由も無いわけで。

 
背中、押してやるって決めたからなァ・・・

 

俺だったらさっさと察知して事を進めるのに、と思いながらも、どこかこの状況を楽しんでいる自分がいた。

 

 
カウンターの前に並ぶ彼女の脇をゆっくりと通り過ぎる。

 

・・・はい、ゲット。

 

 
「・・・ユウリちゃん、ね」
首から提げていた顔写真入りのネームプレートから盗み見た名前を頭に刻み込んで、小さく呟いた。

 

「今日は旨いもん、食えそうだぜ」

ついでに、面白い酒のつまみにもありつけそうだ。

 

ビルの自動ドアをすり抜けて出た外の空気が、気持ちよく俺の頬を撫でた。

 

 

 

 

++++++++++++++++++++
世話の焼けるアスマさん。

2009.06.21


みゅうさまによる、「色付く世界」「透明な軌跡」のサイドストーリーです。

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もう、みゅうちゃん大好き!!しっかり連載を読みこんでくれているのが伝わってきて、めちゃめちゃ嬉しかったよ
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