「桃地君……?」


背後から掛けられたやわらかい声音に、ゆっくりと振り返る。
窓からの逆光の中、輪郭しか見えないその姿は……君?



熱血漢なあいつのしつこい誘いを断り切れずに、渋々訪れた会場。
大学の同期が集まるそこは、俺には不似合いな空気に満ちていて。


――来るんじゃなかった…


苦笑を禁じえない気持ちで、席を立った。


お盆休みで地元に皆が集まる時期に、と催されたその会は、過去に執着のない俺には何の興味もない場所で。


「じゃ、わりぃけど先に帰るわ」
「おいおいっ、今始まったばっかりだぞー?」
「……盆明けのプレゼン準備しておきてぇんだ」
「あー、あのコンペか」


おう、と答えながら脱いでいたジャケットを手に取る。
バシバシと思い切り叩かれる肩が、痛い。

ガイの野郎、態とか?


「再不斬は相変わらず付合い悪いなー、」
「今に始まった事じゃねぇだろ?」
「まあ、いい。コンペが終わったらまた飲もう!!」


そっと抜け出すつもりだったのに、そんなデカイ声出すなって。


軽くため息を吐きながら立ち上がり、部屋を去り際に振り返る。
場の会話は既に別の方向へ流れていて、誰も俺を気に留める素振りはない。


さ。会社戻って、模型の最終チェックでもしておくか…




出口に向かう途中、職業柄ついつい内装に目が行く。


へぇ、ここって壁は珪藻土か?付け柱には、オイルステイン…
照明は碍子付きのレトロなテイストで統一されていて。
多分、あの飾り柱の中に配線埋め込んでんだろうな。


静かな空気の漂う、ジャパニーズモダンな空間。
ガイが選んだにしては、なかなかのセンスな店じゃねぇか。



「やっぱり、桃地君だ…久しぶりだね?」


四角い窓枠から差し込む陽光に彩られたシルエット。


「あれ?私のこと、覚えてない?」
「……いや、」
「もう帰っちゃうの?」
「ああ」


じゃあ、私も一緒に抜けちゃおうかな…


悪戯な笑みを浮かべた表情に、胸の奥のほうが微かに波立つ。


忘れる筈がない。
聴覚を優しく刺激するその声を。


「ちょっと退屈してたの…いいでしょ?」


強引なのに嫌味がないその語り口も、心の底を見透かすようなその視線も。
忘れられる訳がない――



「何だか自分でプロデュースした店に長居するのも居心地悪いし」
「どおりで……」


ガイのセンス、じゃなかった訳だ?
へぇ…この設計は、お前が……
嫌いじゃない、この雰囲気。


「ガイ君だと、もっとポップな感じの店にしちゃいそうでしょ」


だから、慌ててここを推したのよ。と、楽しそうに話す唇が俺の名を呼ぶ。
額にかかる髪を軽く掻きあげて、眩しそうに細めた瞳に俺が映る。

忘れるなんて、あり得ねぇ。

だって、今日俺がここへ来た唯一の理由は…君。


 ◆



「昼間っからお酒飲むなんて、イイご身分だよね」
「……」


ふふっ、と笑む口許に見蕩れる。
きっと俺の唇には、静かな熱が歪みを生じさせているのに。
君は、何の気負いもなくあの頃のように笑う。



「桃地君、相変わらず無口なんだね」
「おぅ。……煙草吸っていいか?」
「どうぞ。私も、1本頂けるかな?」


ボックスを軽く叩いて、飛び出した1本を差し出す。
挟み持つ細い指に、彩る石が無い事を、つい無意識に確かめる。


軽く首をかしげて近付く額。
手を添えて差し出した火に照らされた綺麗な頬のライン。
煙の匂いに混じって、立ち上る甘い香り。
軽く触れる肩。


バカみたいに心臓が跳ねる。


「ありがとう」
「いや……別に」


何を話すことも出来ず、互いに視線を煙草の先端に定めたまま、ふたりの間に流れる沈黙が、少しずつ温度を上げて行く。


何故、お前はここに居る?
さっきよりも更に退屈させてしまっているんじゃないか…


煙を吐き出す際の小さな身動ぎにすら、勝手に反応する脳内。
そっと盗み見た横顔に浮かぶ柔らかな空気。
俺の緊張を他所に、滑らかな動作で落とされる灰。


一体俺は、何がしたかったんだ?
ちりちりと小さな音を立てて色付く火種が、勝手に熱を上げる俺の心のようで。


煙草を揉み消すまでの200秒余り、神経を張り詰めて君の気配を窺いながら、制御不能の感覚高揚に翻弄されていた。


「……っ、わりぃ」


灰皿の上で指が重なり、君の肩が揺れる。



その肌の熱が

俺の中の何かを壊した――



「桃地君…」
「ん?」
「将来、独立する気、ある?」

あぁ。と、答えながら細い肩に手を回して引き寄せる。

見開かれた大きな瞳に、俺だけが居る。
視線を絡めたまま交わす笑顔の裏に、互いの思惑が透ける――


(優秀なパートナーがいるんだけど 要らない?)
(仕事だけの付き合いならお断り、な)


目をそらさずに、喉の奥で笑った。
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