くるしまぎれ

 風除室を通り抜ければ、外の冷え込みをセントラルヒーティングが一瞬で拭い去る。建物全体の空気が心地よく制御されていた。

 ――平子様のお部屋は、118号室でございます。

 フロントでキーを受け取り、アシスタントの彼女と並んで各々の部屋へ向かう。プライベートでは恋人同士とは言え、仕事絡みの出張の際には必ず部屋を二つ取ることにしていた。

「お前の部屋、どこや?」
「103号室。確か、平子さんのお向かいですよ」
「……そーか」

 彼女の言葉を聞いて微妙な違和感を感じたのは、仕事の延長で敬語を使われたからだろうか。部屋に入り、ドサリ、書類の詰まった鞄を降ろしてベッドに寝転がる。俺が118号室、彼女が俺の向かいの部屋 103号室。イチマルサンねェ……

 ん――?イチマルサン!?
 同じ音が違う意味を持って脳内で認識された瞬間、真子はガバリと起き上がった。
 自分の部屋を飛び出せば、たしかに真正面のドアには103のプレートが鈍く光っている。向かいの部屋のドアをコンコン、二度ノックすると、彼女が顔をだした。

「どうしたの?」
「お前、部屋変われや。俺がそっち行くわ」
「なんで?」
「なんでて、きまってるやんけ」
「………?」
「理由なんてひとつや」

「とにかく中入って」怪訝な顔の彼女に促され、部屋の中に入ると並んでベッドに腰掛ける。

「それで?」
「お前が"イチマルサン"やなんてけったくそ悪いからじゃ、ボケ!!」
「103……?」

 不思議そうに一瞬だけ彼女は首を傾げて、すぐに「あ!」と小さな声をもらした。

「せや」
「イチマルさんって、市丸さん?」
「やっと気ィついたんか」
「そんなのただの語呂合わせの言い掛かりじゃない……」
「………」
「せっかく荷物解いて落ち着いたところなのに」

 たしかにその通りだ、こじつけの言い掛かり。彼女の言葉は正論だった。だけど、正論だからこそ引っ掛かるし反抗したくなる、そういうこともあるものだ。

「仮にもギンのヤツは一回お前に手ェ出そうとしてんぞ」
「でも今はちゃんとカノジョがいるじゃないですか」
「うるっさいっちゅうねん」
「あんなにラブラブだし…」
「とにかく、俺がいやなもんはいやなんじゃ!」
「………真子、考えすぎ」
「お前は俺の言うこと聞いといたらええねん、アホ」

 舌打ちをする俺に「ただの数字なのに」と呟きながら、彼女はくすくす笑う。

「なにがおかしいねん、笑うトコちゃうど!?」
「おかしいって言うより、嬉しくて」
「は?なんやねんソレ」
「だって……真子が数字にまで嫉妬するかと思ったら」
「ちゃうわボケ!」
「そう?」
「せや!俺がそんなんするか!数字やのうてギンに妬いと………っ!!!?」

 しもた!勢いでなに本音さらしとんねん、俺。ほんまアホやな。反射的に顔を反らせば、押し殺した彼女の笑いが聞こえる。

「なんでもええから、さっさと変われっちゅうねん!イチマルサンは俺や」
「真子……それ何か言葉おかしい」
「103はイチマルサンやんけ!」

 けど確かにまるで俺がアイツになったみたいに聞こえんなァ、と思たら、ますますけったくそ悪い。照れ隠しと変なイライラをごまかすため、ポケットから煙草を取り出すと火をつける。

「ホントに変わる?」
「おう」
「やっぱり?」
「当たり前やんけ」

 一度言い出したんに、そない簡単に男が引けるかっちゅうねん。ボケ。深く吸い込んだ煙を吐き出しながら、能天気なギンの表情が頭に浮かんだ。

「ほんまに……アイツは、どこまで気ぃ悪うさせてくれとんねん」
「………」
「難儀なやっちゃで」
「でも真子、それ全部言い掛かりだからね?」
「とにかく一回せや思たら頭から抜けへんねん。しゃーないやろ」
「まあ、ね」

 一時の無言に(難儀なのは真子もだけどね)という彼女の心の声が滲んだのには気付かないフリをして、煙草を灰皿に押し付ける。


「ちゅうことで、お前が118で俺が103や」
「はいはい」
「なんや、不服そやなァ」
「そんなことないです」
「それとも……」
「ん?」

 また不思議そうに首を傾げた彼女へそっと頬を寄せて、ニヤリ笑った。



くるしぎれ

俺の部屋で一緒に寝る、言う手ェもあんねんで。

2010.03.07
Special thanks:さくちゃん
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