甘い鞭と苦い飴

 朝一番にあんな夢を見た上にそうそうに彼女からチョコレートを貰って、ボクはすっかり上機嫌やった。やっぱりボクら、ずっと両想いやったん違うの?これはさっさと告白せなアカンわ。ちょっと作戦練ってこ。

「イヅル。ちょお、出るわなァ」
「隊長っ!」
「昼までには戻るさかい、堪忍」

 大きめの包みをヒシッと胸に抱えてスキップしながら自室に戻る。なんや、えらいぎょうさんくれたんやね。跳ねるたびに、カラカラと音を立てる重たい荷物に勝手に顔が綻ぶ。

「ハク……夢みたいやなァ」
「みゃあ…」
「朝から渡しに来てくれるやなんてよっぽどボクんこと好きなんやろか」
「みゃ?」
「せやから、今朝の夢にも出てきたん違うかな?きっとせや!なァ…」

 斜め後ろで尻尾をゆらす子猫にうきうきしながら話しかける。その光景をイヅルが苦々しげに見つめていることにも気付かなかった。





 部屋に着いてホッと一息つく間もなく渡された包みを開く。早う中身を確認して、彼女を攻める作戦練ったらまた隊舎に戻らんな、イヅルの雷落ちてまうからな。

「どんなんくれてんやろ、えろう重いんは彼女のボクへの想いもそんだけ大きい言うことやんな」

 緩む口元を堪え切れず、ハクを膝に乗せたまま畳に広げれば、おんなし位の大きさの缶が、ごろごろと10缶くらい転がった。
 缶?最近、現世ではいろいろパッケージに凝ってるて噂は聞いてたけど、こんなんもあるんやね。

「一つ開けてみよか」
「みゃあー……」
「なんやお前もボクんために喜んでくれてんの?可愛い子やなァ」

 さすが元 彼女に飼われてた猫や、ようわかってるやないの。子猫の頭を撫でながら、ひとつ缶を開ける。ふわり漂う臭いは、香ばしいけれど、想像した甘い香りとはまったく違っている。
 もしかしてコレ、生モンやろか。ボク苦手やねんけど、彼女がくれたんやったら食べれる気ィする。もう少しで中身見えそうや。
 勢いよくパカっと蓋を開いたら、見た目も想像とまったく違うモンが目ェに入った。

「みゃあー!」
「あれ…………ネコ缶?」

 余りに意外な中身が飛び出して、キョトンと一瞬だけ首を傾げると、嬉しそうなハクの前にそれを差し出す。
 きっとボクだけに渡すんが恥ずかしいて、カムフラージュにハクの分もくれたんやね。そう思いながら二つめの缶に手を伸ばした。

「お前、先にたべ」

 食べ始めたハクを横目に見ながら二つ、三つと開いてみれば、どちらもネコ缶だ。

「彼女は照れ屋サンやさかい、な」
「みゃあ」
「こないネコ缶の中にチョコレート混ぜんでも、ボクちゃーんと受け取るんに…」

 早うボクへのチョコレート出てけえへんかなァ、と思いながら残りの缶を全て開け終えたのは5分後。


「あれ…、チョコレートは…?」

 そこに広がったのは、無惨に蓋を取られたネコ缶の山だけ。生モノの匂いが部屋中に漂って、異様な空気だ。

「あ……。ボク全部開けてしもた、どないしょ……」

 まさか一遍にハクに食べさす訳にもいかんし、ましてやボクかて絶対食べられへん。後でイヅルに相談しよか。
 それにしても、チョコレートもろたつもりやったんに、いっこもないやん。おかしいなァ、入れ忘れたんやろか。彼女 子供っぽうて そそっかしいトコもあるけど、いつも仕事はきっちりこなすんに。こない大事なこと忘れるなんてあり得へんし。


「きっとバレンタインなんて現世のモンやから、彼女は知らんのやね」
「みゃ」

 上機嫌のハクが、食べかけのネコ缶からすこし顔をあげる。その顔がちょっと得意げに見えて、悔しいなった。

「それとも……もしかしたらボクもハクとおんなじように耳と尻尾付けなチョコレート貰われへんのかな?」

 きっとそうや!彼女は猫がめっちゃ好きなんやし。
 ほんなら次は"猫耳作戦"とかやったらええん違うの?猫耳付けて待ち伏せして、彼女がチョコレート渡しに来たところでびしっと告白…完璧やないの!ボクやっぱり冴えてる――





 一時間後、しっかり猫耳と尻尾を付けてギンが隊舎へ戻れば、早々にイヅルに怒鳴られた。

「どうなさったんですか、隊長!?」
「ちょお、乱に借りて来てん。案外似合てるやろ?」
「そういう問題ではありません!」

 愛猫と並んで、揃って尻尾を揺らす隊長の姿は可愛いと言えなくもないが、ここは一応神聖な職場だ。ふざけるのはイイ加減にして欲しい、とイヅルは盛大に肩を落とした。

「すぐにソレを外して、執務に戻って下さい」
「せやかて、猫耳付けてな彼女にチョコレート貰われへんし」
「どういうことですか?」
「さっきのンな、全部ハクのネコ缶やってん」
「………」

 ええ。僕は最初から全部知っていましたよ。というか、彼女も自分でそう隊長に伝えていたではないですか。舞い上がって聞き洩らしたのは隊長だけです。

「ボクもハクみたいに耳と尻尾付けてたらええんちゃうか思て」
「そんな訳ないじゃないですか!」
「そんなん言い切れるん?」
「言いきれます!」

 この人の思考回路はいったいどうなっているんだろうか。時々(というか度々)付いて行けなくなる。
 はあっ、と深いため息をついたら僕の机上のチロルチョコに隊長は目敏く気が付いたらしい。

「イヅル、チョコくれる子ォおってんや」
「ああ、これは先ほど彼女が」
「え…なんで?イヅル猫耳付けてへんやないの」
「だから、そんなものつけるかどうかなんて関係ないんですよ」
「……嘘や」
「それに、義理チョコですし」
「なんでイヅルだけ貰えんの?狡いわそんなん」
「いや……市丸隊長、霊圧をお鎮め下さい」

 急上昇した隊長の霊圧に耐えかねて窓がびりびりと震える。ハクはとっくに部屋から飛び出して行ったあと。

「義理チョコなんてボク知らんし。バレンタインは女の子が好きな男にチョコレート渡す日ィやろ?」
「それは、そう…ですが」
「ほんなら彼女が好きなんはイヅル言うことやん」
「いえ、それは」
「射殺せ、し………」
「た、隊長!?さ、先ほど彼女は隊首室の方へもなにか」
「…!それほんま!?」

 首元ギリギリで止まった刃先にひやひやしながら、イヅルは首を縦に振った。
 チロルチョコですよ、チロルチョコ。こんなの、どこからどうみても義理チョコじゃないですか。しかも現世の価格では一個十円とか二十円とかでしょう。たったこれだけのチョコレートで、なぜ僕がこんな目に遭うんだ――



甘いと苦い飴

なんや、イヅルのンより大きいやないの。どうせなら顔見て受け取りたかったなァ。
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