些細で大きな勘違い

「なあイヅル、聞いてくれへん?」

 愛猫を膝の上で撫でながら目を細める隊長に、朝一番から捕まった。

「手短にお願いします」
「なんやのその冷たい台詞」
「僕も忙しいんです。役に立たない話を聞いている余裕は全くありません」
「そんなん…」

 聞いてみな役に立つか立たへんか分からんやろ?言いながら、狐目がわずかに持ち上がる。僕が拒否しても絶対聞かせるつもりの顔だ。はあとため息をついたら、返事より先に隊長が口を開いた。

「今朝目ェ覚めたら、彼女がボクん隣におってんよ」
「は!?」
「腕ン中にすっぽり収まって、もぞもぞ動いててん」
「猫と間違えた、とかではなくて?」
「ちゃうよ」

 そんなん大きさも抱き心地も全然違うやないの、アホやなイヅルは。もっともらしく続く言葉を聞きながら、さっきすれ違ったばかりの彼女の顔を思い浮かべる。
 いつもと特に変わった様子もなければ、彼女のほうが隊長よりずいぶん早く出勤していたじゃないか。

「続き聞きたなったやろ」
「………まあ」
「最初から素直にそう言うたらええのに」
「……で、何ですか」
「腕ン中でもぞもぞされたらふわふわの髪が鼻に当たってな、こそばあて目ェ覚めるやん?」

 だから市丸隊長はいつもより少し早めに仕事へ出てきたのだろうか。それにしても腑に落ちない。

「"もう起きるん?"て尋ねたら、やけに艶っぽい呻き声聞こえて、ボク心臓バクバクしてしもて」
「本当なんですか?」
「ほんまや。死ぬかと思てんから」
「いや、僕の聞きたいのはそういうことではなくて」
「バレンタインのチョコの代わりに私を、とか思てくれたんかな 思うやろ普通」
「彼女はそういうタイプではないと思うんですが」
「ほんでそのまんまやったら絶対間違いおきてまう思て、ボクとしてはその方が大歓迎なんやけど彼女がどんなつもりや分からんし。せやのに身体は勝手に反応するし、どないしよ…てパニックなってな」
「………はい」
「ぎゅうって目ェ閉じて、腕ン中の彼女抱きしめて、つい口走ってん」
「なんと?」
「ボクずーっとキミのこと好きやってん、せやから抱かせてーー!って」

 なんて直接的で欲望垂れ流しの台詞を。でも、やっと思いつづけていた彼女に告白することが出来た、という意味では良かったのかもしれない。

「良かった、じゃないですか」
「それがな、叫んでる自分の声がなんや変な風に聞こえて。目ェ開けたら誰もいいひんかった」
「は!?」

 つまり、今まで聞かされていた長々とした話は――蓋を開けてみれば、全て夢だった?そう言うことらしい。聞かなくては役に立つか立たないか分からないなんて内容じゃなくて、最初から全くの無駄話じゃないか。

「……僕、自席に戻ります」
「もうちょい話付き合ってぇや」
「いえ。忙しいですから」
「ほんまイヅルはいっつもいけずやなァ。そんなんしてたら女の子ォにモテへんよ?」
「大きなお世話です」

 お願いやから一緒にここにおって。黙っててもええから。食い下がる隊長に、深いため息を漏らす。

「アカンねん、ボク。あの夢思い出したら、ドキドキして彼女に一人でよう会わん」
「何を子供みたいなことを」
「だって今日、バレンタインやねんで?」
「それが…なにか?」
「さっき会うたばかりの彼女にまた会うたら、絶対顔が熱うなるやん。心の準備も全然出来ひんねん。これで、チョコレートなんて渡されたらどないしよ」
「渡されてから考えればいいじゃないですか」
「……どんな顔して受け取ったらええの」

 ぽそり、吐き出された隊長の言葉がやけにはずかしそうで、怒る気も失せた瞬間。隊首室のドアがノックされて彼女が現れた。


「隊長、ちょっとよろしいですか?」
「なん?ボクに用事?」

 また市丸隊長は、そんな素っ気ない返事を。本当は朝から彼女に会えて嬉しくて仕方がないくせに、意地を張る所が可愛らしいというか子供っぽいというか。
 
「いえ。ハクに……これを」
「そんなん気ィ遣わんといて。おおきに」

 隊長、ちゃんと聞こえてますか?そんなにしっかり胸に抱えているけれど、彼女はハクにって言ったんですよ。それ、猫への差し入れですよ。チョコレートじゃありませんから、ちゃんと見て下さい。
 差し出されたのは多分、カタチから推測してネコ缶か何かだろうと思うのだけれど、舞い上がった隊長はまったく彼女の声も聞こえず、渡された物も見えていないらしい。

「では、失礼します」

 直ぐに部屋を立ち去る彼女を見送ったのち、デレデレした顔で僕に呟いた。



些細で大きな勘

ほらな。見てみ、イヅル…やっぱりアレ、正夢になるんちゃうかな!?

 得意げなガキ大将みたいな顔。僕、このまま貴方について行っても大丈夫なんでしょうか――
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