ジコチュウはスルー

「えええ!?そんなん絶対アカンわ」
「いや、駄目だと言われましても」
「イヅルのアホ」

 ことの起こりは、こうだ。現世駐在員に欠員が出てしまい、彼女に一ヶ月の現世滞在を申し付けて今朝早くに出発してもらった。

「ボク三番隊の隊長やんな?そのボクが許可してへんのになんで」
「いえ、確かに市丸隊長の決裁を仰いだ上で総隊長へ届出したんですが」

 いつもの如く市丸隊長が昼前にふらふらと隊舎を訪れた頃には、とっくに彼女は尸魂界から発ったあと。少しはゴネられるかと覚悟していたけれど、予想以上の隊長の反応に僕は頭を抱えた。

「そんなん嘘や!」
「嘘ではありません…とにかく少し霊圧をお鎮めください」

 不機嫌に任せて隊長が霊圧を垂れ流すものだから、隊士たちもあてられて顔色が悪い。僕にも辛いくらいなので相当だ。

「イヅルが意地悪してんやろ」
「は…?全く以て何のことだかわかりません」
「ボクがめっちゃ疲れて判断力なくしとる時見計らって大事な書類見せたんちゃうの?」
「なぜそんなことを」
「イヅルのいけず!鬼!悪魔!」
「いや、ただの死神ですが…」

 僕の反論など聞いちゃいないそぶりで隊首席の引き出しをごそごそし始める隊長を、呆気にとられて見つめた。左を開け右を開け、ないない、と狂ったように中身をぶちまけるものだから、せっかく整理しておいた書類もばらばらだ。いったいそうまでムキになって何をお探しなんだろう。

「ボク、毎日彼女の顔見て声聞けへんかったら死んでしまう」

 隠し撮りの写真でもどこかに忍ばせているのだろうか?それにしても酷い有様、あそこまで書類を整理するのにどれだけ時間がかかったと思っているのか。
 第一こんなことになったのは、隊長がきちんと書類に目を通さなかったせいでしょう?

(ほんまに死んでまうやないの)

 ちいさく聞こえた独り言に、いっそ死んでしまえと思ったのは僕の心のなかだけのヒミツ。

「それで。何をお探しなんですか?」
「そんなん決まってるやん!アレや、アレ!」
「いや…流石の僕にも"アレ"では分かりかねますが」
「だからイヅルはアカンねん。彼女やったらすぐ分かってくれるんに」
「……申し訳ありません」

 謝りながら微妙にムカついたけれど、いまの隊長には何を言っても多分無駄だ。僕の声なんて右から左にスルーされて、きっとおしまい。
 黙って突っ立っているのも馬鹿馬鹿しいので、副官室に戻って溜まっている書類でも処理しようかと部屋を――出ようとした瞬間に呼び止められた。

「ちょお待って、イヅル」
「は!?」
「あったわ、これこれ」

 振り返れば、嬉しそうに伝令神機をひらひらと振り翳す隊長の姿。なんでそれを机の奥でゴミ同然に眠らせているんですか、とか、見つかったのに何故僕を呼び止めるんですか、とツッコミたい気持ちを抑えて足を止める。

「よかったですね、見つかって」
「それはええねんけどな」
「じゃあ、僕は行きますよ。忙しいんです」
「ちょお待ち言うてるやろ」
「何ですか。並の副官の数倍に及ぶ書類処理だけじゃなくてここの片付けまで僕にやらせる気ですか」
「ちゃうよ。いや、片付けはまた手伝って欲しけど今は違う」
「…………」
「イヅル 何怒ってるん?」

 本気で不思議そうな顔をしている隊長のどこまでが天然でどこまでが演技だろうか。
 おおかた滅多に使わない伝令神機を使って、現世の彼女と交信したいと思っているのだろう。そういう自分の欲望に素直な所は子供みたいでかわいらしいと思えなくもないが、机周りの惨状を目の当たりにすれば、ため息しか出ない。

「怒ってません」
「でも眉間のシワ、スゴイで」
「いつもの事です。で…何ですか?」
「これな、画面真っ黒やねんけど」
「電源を入れてください」
「それが電源入らへんねん。変やろ」
「………充電、してください」

 途端に胡散臭い狐目の角度がすこしだけ持ち上がる。嬉しいときの市丸隊長の顔だ。みんなにはいつも同じ表情に見えているかも知れないが、狐目のままでも微妙な感情の変化を読み取れるようになった僕を少しは褒めて欲しい。

 そうかぁ充電な、切れてしもててんや なるほど。ぶつぶつ呟く隊長にまたひとつ深いため息をついて踵を返したら、ふたたび呼び止められた。

「今度は何ですか?」
「ボク全然つこてへんから、充電器どっか行ってしもてん」

 一緒に探して、と言葉を続ける隊長に、ガクリと肩を落とす。これ以上部屋を目茶苦茶にされたら敵わない。だって後始末をするのは僕の役目なのだから。

「あと、使い方もよう分からんし」
「充電器は僕のをお貸ししますからじっとしていてくださいね。一ミリもそこを動かないで!探そうなんて無駄な努力は金輪際やめてください絶対に。どうせ片付けるのは僕なんですから。言うこと聞けない悪い子には使い方なんて一切教えてあげませんよ。分かりましたか隊長?」
「………おおきに、イヅル」

 ビシッと人差し指を立ててそう言えば、びくりと肩を揺らして固まった隊長に、唇を歪めて背を向けた。
 全く、伝令神機はあくまでも業務連絡用だということを隊長はどう捉えているんだろうか。公私混同も甚だしい。でも、「仕事なんてできひんわ」と姿をくらまされるよりは幾らかマシだ。
 書類が山積みの自分の机から、充電器をひっつかむ。市丸隊長もそんなに彼女の事が好きなら早くどうにかすればいいのに、とイヅルは緩む頬を押さえながら隊首室に急ぎ戻った。





「ほんで番号入れてこのボタン押したらええの?」
「さっさとしてください」
「そない急かさんといてぇな、心の準備がまだやねん」
「隊長……いったい何を話すつもりなのですか?」
「え…そんなんヒミツや」

 何を話すて、普通に元気でやってるか?とか、現世のお天気はどない?とかやけど、改めて聞かれるとボクかて恥ずかしねん。内容やなくて、彼女の声が耳元で聞こえる言うだけでドキドキするんやから仕方ないやないの。

「何をニヤニヤなさってるんですか」
「うるさいなァ、イヅルちょおどっか行っといて」
「くれぐれも彼女の任務に差し障りのないようにしてくださいね?」
「はいはい、分かってるて」

 はよどっか行ってぇな、聞かれたら恥ずかしやん。ボクの言葉に渋々でていくイヅルの背中を見送って、慌てて発信ボタンを押した。

「もしもし、ボクやで」
「市丸隊長!お疲れさまです」
「お疲れさん。元気でやっとる?」
「はい。……隊長直々に虚襲来の指令ですか?どの地区に」
「ちゃうねん。仕事は全く関係ないんよ、堪忍な」
「…いえ。のんびりしてましたから」

 多分、電話の向こう いつものあの顔で微笑んでいるのだろう。柔らかいキミの声が耳にくすぐったい。

「怪我せんようにな?キミ、何もないトコでもコケる子やさかい」
「任務中は大丈夫ですよ、気が張ってますから」
「まあ、そやな」
「ええ」

 やさしい笑い声が聞こえて、それだけでホッとした。やっぱりキミがいいひんかったらボクはアカン。電波越しの声聞いてたら、顔見たなってきた。あとで瀞霊廷通信のあの子の載ってる号、イヅルに持って来さそ。

「とにかく、ボクんためにも無傷で帰ってきてな。約束やで」
「了解です。三番隊の席官の名に泥は塗らないよう頑張りますので、一ヶ月よろしくお願いしますね」
「うん……待ってるわ、またな」


 耳元に響く可愛らしい声に聞き惚れて切った後も余韻に浸っていたから、うっかり流しそうになったけど、切り際に彼女なんていうた?
 "一ヶ月"て聞こえた気ィするんやけど。そんなんボク報告受けてへんし、そない長いこと彼女に会われへんかったらほんまにボク死んでまうやないの。


「イヅルーー!!ちょっと来ィ」
「終わりましたか」

 多分ボクの霊圧が乱れたのを嗅ぎ付けたのだろう。思ったより早く姿を表したイヅルを、思い切り睨み付けた。

「さあ、机片付けますから仕事を」
「そんなんどうでもええねん」
「は?いや、良くありませんよ」
「彼女は、いつ帰ってくるん?」
「……一ヶ月の駐在予定ですが」

 やっぱりボクの聞き間違いやあれへんかってんや。イヅルはもしかしてボクを殺す気なん?そうやってじわじわ追い詰めてんの?ボクがめっちゃ寂しがりやサンやて知ってるくせに。

「ですが。やあらへん!さっさと誰か別のモンと交代させ」
「無茶言わないでください」
「だーれもいいひんのやったら代わりにイヅル行き!今すぐ行き!ボクんことは心配せんでええから」
「隊長のことより、執務の滞るのが心配です」
「明日彼女が戻ってへんかったらボク職務放棄やからな。隊舎には出て来えへんし、ボクも現世行く。書類なんかイヅルが窒息死するくらい溜めたるから覚悟し!」

 子供の脅しですか。と眉を顰めて青ざめるイヅルに、めちゃめちゃ霊圧とばした。



ジコチウはスルー

だってキミがいいひんかったらアカンねん。何にも手ェつかへん。
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