キミにくびったけ

「それで、彼女の欲しいものは無事に聞けたのですか?」
「そんなんすっかり忘れてた」

 やって、彼女がボクん部屋にいてる間ずーっとドキドキしっぱなしやってん。ヤニ下がった市丸の顔に、イヅルは盛大なため息を漏らす。ホワイトデー目前のその日、二人は揃って現世を訪れていた。

「僕らはホワイトデーのお返しを購入するため、此処へ来たのですよね?」
「せや、お返しどないしよ」
「わざわざ、隊長格不要の任務を改ざんしてまで穿界門を開けて頂いたんですよね?」
「せやで」
「なのに、買うモノは決まっていないのですか」
「アカン?」

 うきうきしている隊長には申し訳ないが、僕らがこうしている間、確実に三番隊の執務は滞るとお分かりですか。最終決済者の隊長の机上には、今頃きっと書類が山積みです。

「ボクのんもやけど、ハクの貰た分のお礼も買わななァ」
「隊長のチョコレートよりハクのネコ缶の方が "高 価" でしたからね」
「イヅルのいけず」

 能天気に浮かれられれば厭味のひとつも言いたくなる。ふて腐れる隊長をイヅルは思い切り睨みつけた。

「ボク、なんや心臓痛いわ」
「だったらさっさと適当なモノを見繕って、尸魂界へ戻りましょう」
「"適当"なんて言いな!」
「僕も胃が痛むんですよ、早く四番隊へ行かねば」
「ちょお待ってイヅル」

 これとこれ、どっちが彼女喜んでくれる思う?

「両方お渡しになればいいじゃないですか、ロクに仕事もこなさないくせに 高 給 取 り なんですし」

 不快なニヤケ顔を続ける隊長に、せめてもの抵抗と毒を吐けば、なおさら気味の悪い狐面が返ってきた。

「やっぱり彼女はアレかなァ」
「は?」
「お返しにクッキーやマシュマロなんて現世の甘いお菓子より、ボクとの甘い生活が欲しいんちゃうやろか?」
「どこをどう解釈すれば、そんなにおめでたい考えが浮かぶんですか!?」
「イヅルはほんまマイナス思考やなァ、そんなんやといつまでもカノジョ出来ひんで?」

 悪夢の超絶問題児市丸くんとそっくりな台詞に、ますます不愉快になる。

「そんな事はご自分が彼女に告白できてから仰しゃって下さい!ほら、こっち!さっさと買ってくる!」
「……おぉ、コワ」
「なにか?」
「いえ。…すぐ買うてきます」





 目的の行為がすべて終わる頃、太陽はとうに真上を過ぎていた。こんなことで半日以上を潰すとは…でも大半は松本副隊長の頼まれ物を買い集めるための時間だったのだが。

「乱にはいつも世話なってるさかい、ちょっと位しゃあないやん」
「ちょっと、ですか?」

 コレのどこが"ちょっと"ですか?不平を呟く僕の両腕には、大量の荷物。自分の購入した小さな包みしか持っていない隊長を、きっ、と睨みつける。

「まあまあ。全部、無事に買えたし」
「隊長は、また乱菊さんに猫耳コスをお借りになるんでしたね。それは恩を売っておかなければ…」
「そない恨めし顔しなや」
「僕の疲労をお分かりなら、半分荷物を持つ位のお気遣いを見せて下さいませんか」
「ボク、箸より重いモンて持ったことあらへんし」

 飄々とそんな嘘を吐く狐面に、両手の紙袋全て投げつけたくなった僕を、誰も責めはしないだろう。

「……斬魄刀は」
「神鎗?」
「アレは箸より確実に重いですよね」
「そうそう、ボクの神鎗な 射殺せて解号唱えたらぐんぐん伸びるやろ」
「………」
「前に、一体どんだけ伸びんのか試してみよ思たことあってんけど」

 また何処へ着地するのかもしれない奇妙な語りが始まった。無言を決めこめば「イヅル、聞いてる?」市丸隊長の猫撫で声。
 このモードの彼は毎度まいど話が長い。立ちっぱなしで大荷物を抱えたまま訳の分からぬ話を聞かされるのは堪らないので、隊長を促し、イヅルは手近なファミレスへ入店した。

「せっかく現世に来てんから、ご飯くらい食べて帰ろ思ててん」
「そうですか」
「ようボクの考えてること分かったなァ、イヅル」
「たまたまです」

 食事をしたい、と言うより、大量の荷物から一時的に解放され どこかに座りたかっただけなのだけれど。隊長がご機嫌ならば、まあ、それでいい。

「ほんで神鎗の話やねんけど、続き話してもええ?」
「ダメだと申してもどうせ無駄なのでしょう?どうぞ」
「せや。イヅルやっとボクんことちょっとわかってくれてんね」

 そもそもこれは、箸より重いモノを持ったことがないとの隊長の下らぬ嘘から始まった話で。
 結局僕は彼が松本副隊長に恩を売るために東奔西走させられた揚句、大量の荷物を持たされ、さらに彼の訳の分からぬ話に付き合わされる憂き目に遭っている。
 市丸隊長の傍にいると決めた時から覚悟はしていたが、最近では本気で自分が不憫に思えることもあって、ついつい深いため息が漏れた。

「またそないデカいため息ついて…ほんまに幸せ逃げてしまうよ?」

 僕の幸せを搾取し続けている張本人にだけは言われたくない。という本音を飲み込んで、イヅルはもう一度そっとため息をもらす。

「それで、神鎗がどうしたんです」
「せや。アイツが一体どんだけ伸びんのか試してみよ思たことあってん」
「ええ」
「"射殺せ、神鎗"言うたら ぐんぐんぐんぐん伸びてな」
「………」
「ぐんぐんぐんぐん……そのうち刃先が全然見えへんようになってしもて」
「はあ…」
「そない伸びたらどうなる思う?」
「…さあ」
「見えへんくらい長う伸びてんねんで、分かるやろ」
「全く以て分かりません」
「ほんま?イヅルて案外アホやなァ」

 僕の頭の構造は良くも悪くも貴方とは全く違いますから。毒を吐きたい気持ちを堪えて、目の前のお冷やを飲み干すと、ガン、わざと乱暴な音をたてグラスをテーブルにおろした。

「………で?」

 隣のテーブルの銀髪天パの男が死んだ魚のような一瞥を投げたのも気にならない位、胸がムカムカしている。

「なにをイライラしてるん、イヅル」
「別に。苛々などしておりません」
「そーか?」
「それで、神鎗はどうなったんです」
「…ぐんぐん伸びたら伸びた分だけ、だんだん重量も増すんやね」

 全然気付いてへんかってんけど。と、へらへら笑う彼は、仮にも護廷隊の隊長なのだ。たとえ自身の斬魄刀の性質を把握できていなくても。隊長……なの、だ。呆れを通り越して脱力しそうな言動ばかり繰り返していても。

「終いには、重とうて重とうて持たれへんようになってん」
「は?」
「ほんまびっくりするくらい重たいねん。多分、狛村はんよりずっと重たかったんちゃう?本気で腕ちぎれるか思たわ」
「……………」
「ほんで、ボク 箸より重たいモンは持たへんて決めてん」

 トラウマ言うんかなァ。能天気に言葉を続ける隊長の顔を見て、尸魂界へ戻ったら真っ先にやることを決めた。

 ――貴方が気付く前に、僕は絶対 隊長の斬魄刀を佗助でめった斬りにして差し上げます。





 注文を終え、料理が出てくるのを待っているひと時のこと。昼食の時間を過ぎた平日のファミレスは人も疎らで、案外と他席の会話がよく聞こえる。

「なあなあイヅル、あの人も"ぎんチャン"て呼ばれてはる」
「同名なんて、よくあることです」
「紛らわしな」

 ちらと隣席を見れば、ふわふわの銀髪男のぬるい瞳と目が合った。

「十一番隊の隊長は代々"剣八"を名乗ることになっていますし」
「そう言うたらせやね」
「例えば市丸隊長がこの先もし護廷隊総隊長に就任されれば元柳斎重國を襲名するんですよ」
「市丸元柳斎重國て、そないダサい名前いやや」

 顔をしかめる隊長を世襲制だから仕方ないと宥めながら、院生時代の知識を反芻する。たしかそうだったよな?

「でもボク尸魂界では同じ名前のヒトに会うたことないで?」
「それは………設定上ややこしくなるからに決まっているじゃないですか」
「設定て、なん?」
「貴方は知らなくてもいいことです」

 首を傾げる隊長を見ながら、僕は今日何度目かの深いため息をついた。



「なんでボクらのほうが先注文したんにあの人のんが先来るん?」
「作る手間が違うからでしょう」

 隊長が比内地鶏釜めし定食といういかにも時間の掛かりそうなモノを注文したのに対し、隣席の銀髪男の元へ運ばれてきたのはいかにも糖分まみれの何とかパフェという代物だ。

「ずるいわ、ボクも早う食べたい」
「しーっ!聞こえます」
「せやけど、お腹空いてんもん」

 義骸に入った僕らは妙齢の普通の男。特に隊長は、現世で言うところのイケメンってやつだ。それがイイ声を響かせ、まるで駄々っ子のように騒ぐものだから周りの視線が集まってヒヤヒヤする。
 貴方が構わなくても、正常な感覚の持ち主の僕は身が縮む思いなんですよ。わかって下さい。

「なにか?」
「いえ……なにも」
「銀ちゃん、あの銀髪さらさらストレートめっちゃこっち睨んでるアル」
「俺の天パがそんな珍しいか?二人揃ってサラサラヘアー自慢ですかァ?」

 相変わらず死んだ魚のような目の男に話し掛けられて、慌てた瞬間に隊長の定食が運ばれてきた。





 散々な目に遭って尸魂界へ戻れば、案の定僕と隊長の机上には書類が山積み。

「イヅル、ちょお ついておいで」
「僕もですか?」
「だってボク、箸より重たいモン持たれへんさかい」

 すぐにも執務に取り掛かりたいのに、無理やり十番隊へと借り出された。もちろん両手には松本副隊長の依頼品をたっぷり抱えて。手ぶらの隊長が心の底から憎らしい。

「吉良副隊長、私もお手伝いいたしましょうか?」
「ああ、キミはええよ」
「でも……」
「アカンアカン。ほんまにええから、執務の続きしとき」
「隊長がそう仰しゃるなら」

 彼女について来られては、隊長は困りますよね。ホワイトデー "ニャンコでゲット大作戦" を決行するために、また猫耳セットを借りにいくんですから。
 素直に引き下がる彼女の背中へ向けて、すべてを暴露したくなったけれど、イヅルは必死で衝動を押し留めた。



「乱菊も調子乗って頼みすぎや」
「えー、でも男二人いたら楽勝でしょ?ねえ…イヅル」
「まあ」

 厳密に言えば、働いたのは僕ひとりなんですけどね。眉間にシワを寄せた僕の苦悩をわかって下さるのは、この中では日番谷隊長だけのようだ。

「はい。ギン…じゃあコレ」
「おおきに、乱」
「作戦成功したらまた、よろしく〜」
「まだなんや貢がせる気ィなん?」
「当然じゃない」

 猫耳と尻尾を受け渡す二人の向こうに、僕に負けず劣らず眉根を寄せた日番谷隊長の表情が目に入り「最強最悪の幼なじみコンビですよね」と視線だけで語り合った直後。とんでもない悪魔の声が聞こえた。

「せや、十番隊長さんもたまにはやってみはったらええねん」
「俺がそんなことできるか!!」
「そんなん言わんと」
「そんな事するくらいなら、生きたまま地中に埋められたほうがマシだ!」
「せやけど、あの子。ほら、なんて言うたかなァ…日番谷さんのカノジョちゃん」

 確か十番隊席官の可愛らしい女性で、僕も何度となく日番谷隊長とカノジョの睦まじい姿を目撃している。クールな彼には珍しくずいぶんとご執心の様子だったが。

「カノジョがどうした」
「あん子ォも、"冬獅郎さまに猫コスでプロポーズされたら、即死ねます"とか言うてたで」
「は?」
「ほら、今日逃したらもうボクが借りて行ってしまうから今がチャンスなんとちゃう?」

 日番谷隊長らしくない黙り込んだ姿を見つめれば、眉間のシワこそ消えていないが、ほんのりと頬が染まっている。そんな彼はいつもより僅かに幼くも見えた。
 それはもしや、悩んでおられるということですか?いくらその女性にご執心だからと言っても…まさか。猫耳を、あの尻尾を、よもや装着しようと思われているのですか?うちのバカ隊長にそそのかされて、血迷うおつもりなのですか?

「あら〜、ソレ良いじゃないですか。隊長!!絶対お似合いですよ〜」
「バ、バカヤローーーッ!!」
「ほらほら、私がカノジョ呼んで来ますから。10分以内に身につけておいて下さいね!」
「ボクに任せ」
「じゃ、頼んだわよ…ギン。行ってきま〜す」


「まぁーつぅーもぉーとォォォ!!!」

 いつになく照れ混じりの罵声を聞いたのち、僕は慌てて十番隊を飛び出し三番隊舎へ走った。世の中には決して知らなくてもいい(知りたくはない、とも言う)真実というのもあるものなのだ。



 隊舎へ戻り、動悸の乱れたまま席に座り込むと、間髪入れずにお茶が差し出される。

「どうなさいました?吉良副隊長」
「……猫耳が…」
「猫耳?」

 不意打ちで、声をかけられたからつい本音が漏れた。何を言っているんだ僕は。

「いや、猫み…猫見なかったかい?」
「ハクなら私の席に。連れて参りましょうか」
「……あ、ああ」

 今頃、日番谷隊長はどうなさっているだろうか。それよりも市丸隊長「あん子ォも"猫コスでプロポーズされたら、即死ねます"とか言うてたで」って。もしやあちらこちらで女性死神たちにそんな恥知らずな質問を?本気でホワイトデーに"ニャンコでゲット大作戦"などというバカバカしい計画を実行なさるおつもりだろうか。

「あの隊長なら充分有り得るよな…」

 思わず漏れた独り言と一緒に、イヅルは今日一番大きなため息をこぼした。



キミにくびったけ

(愛で生き埋めになってしまえばいい)
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