1から10までご自由に
「いちにィさんしーご……」
吸い込まれるような眠りから冷めたのは、まだ真っ暗な深夜のこと。真子独特の関西弁のトーンが耳に入り込んだからだ。
気付かれないようにそっと目をひらく。腕枕をされている左手は、そっと私の肩を掴んだままだ。その反対の右手が闇のなかににゅっと突き出されて、指折り数をかぞえている。繰り返し、何度も。
「いちにィさんしーごォろくひち、ん……いちにーさんし、あれ?待てよ」
真子の長い指が、数を読むのと同時に折り曲げられたりのびたり。いったい何をかぞえているんだろう。もしかしたら眠れなくて羊を?
でも、それにしては不自然だ。毎回、10までたどり着く前に詰まるなんて。
「あー…落ち着け、俺!もう一回最初からや」
何度目だかわからない計数を始めた真子。その横顔をそっと盗み見れば、無意識で笑いがちいさく漏れていた。
「なんや、起こしてしもた?すまんなァ」
「ううん。なにかぞえてるの」
知りたいんか?当ててみィ。ニヤリと唇を歪めて笑う真子に、ほんの少しだけいやな予感。
「イイ。興味ないから」
それよりお水取ってくるね、喉渇いたか…ら……っ!
半分起き上がった身体を引き寄せられて、真子の上に倒れ込む。肌同士がふれて、一瞬どくんと心臓が騒いだ。
「水なら俺が取ってきたるから、」
「いいよ。自分で」
「エエって。そん代わり、俺がなに数えてたんか当ててみてーな」
ハズレたら罰ゲームありやでー。ひらひらと手の平を振りながら、綺麗な背中が遠ざかる。
「ちょ、待って真子!」
室内の薄闇で、まっすぐな金髪がさらさらと揺れていた。
数えるもの。羊じゃないし、私たちが付き合ってきた年数なんて数えきれないくらい長い。とても指折り数えるようなものじゃない。ヴァイザードの数?昨日吸った煙草の本数?藍染との対戦までの残り日数?でもそんなものを真子があんなに楽しそうに数えるだろうか、罰ゲーム付きで。
「わかったか?」
「羊の数」
「んなわけないやろ。それやったら羊が一匹、羊が二匹て言うわ」
「ヴァイザードの構成人数」
「ちゃうちゃう。そんなもん今更かぞえてどうすんねん」
八人やろ?
「いや…私入れて九人。黒崎くんも入れたら十人なんですけど」
一応ツッコミ入れとくね。
「一護なんて数のうちに入るかいな」
って、否定するところはそこですか。結局それも違うんだよね、じゃあ。
「……昨日吸った煙草の本数?」
「ちゃうけど、さっきよりちょっとは近いかもなあ」
もっと美味いもんや。
「ビール何杯飲んだか、とか?」
「またちょっと近なったけど。もっともっと美味いもん」
相変わらず楽しそうな笑いを崩さない真子、そういう表情も格好よくて。少し目を細めた。
昨日の晩御飯はファミレス。真子が食べてたのは―
「まさか」
「なんや、やっと気ィ付いたか」
「昨日の晩食べてたパスタの本数…とか、じゃないよね」
「そうそうそう。たしかあれは225本と半分……って、お前アホか!誰が本数数えながらパスタ食べんねん。しかも何で指折り数えんねん」
そんなモン覚えてられるか、ぼけ。
「ですよねー」
真子のノリツッコミ久しぶりだなあと思いつつ、降参しましたの仕種。そうしたら一層ニヤリと真子の唇が歪んだ気がした。
「なんや。もう降参か」
「うん。全然わからない」
「ほな罰ゲーム付きでOKなんやな?」
「……罰ゲームの内容による」
「拒否権なしや」
「で…?」
「簡単な罰ゲームやで。俺の数えてたもんに更にカウントをひとつ追加すんねん」
たったそんだけ。めっちゃ簡単過ぎて気ィ抜けたんちゃう。
「早く教えて」
「イラチやなあ、もうちょい落ち着きいや」
ひとつ加えることが、罰になるようなものの数?ということは私の嫌いなことだろうか。朝、もう一時間早く起きるとか。それとも、
「お風呂に入る回数を一回減らす、とか?」
「ちゃうって。ひとつ追加て言うてるやろ。でも」
「……」
「さっきよりまたちょっと近なったなァ」
とりあえずは、水でも飲んで落ち着きぃ。
そう言いながら真子は自分の口へとミネラルウォーターを含ませる。
咽喉が渇いているのは、私なんですけど。再びツッコミを入れようとした瞬間にきれいな形の瞳がゆるりと眇められて。ぬるい水が、真子の唇からゆっくりと私の中へ流れ込む。
「…分かったんちゃう?」
「……」
ちいさく咽喉を鳴らして飲み下した後に、やさしく食まれる下唇。同時にやわらかく髪を梳く指先。
ぜんぜん、わからない。
分からないけれど、気持ちいい。
「一昨日から、お前を何回抱いたんかなあって数えとってん」
頬に、鼻の頭に、啄ばむようなキスが続く。
シーツの上、するりと絡んだ両手。
愛おしむような真子の瞳。
「ちゅうことで、
もう一回追加な。エエやろ?」
1から10までご自由に絡む指先が示すのはいつも、肯定