するする絡みつく

「遅なってすまんなあ」
「ほんまや。このハ…ゲ……って」

 あーあ…。やっぱりひよ里、驚いとるやん。そりゃ驚くわなあ、こんな憔悴しきった顔見せられたら。さっきまで、めちゃくちゃにヤられてましたーって、言うてるも同然やもん。
 だから今日くらいは、無理せんと寝とけ言うたんや。言い出したら聞けへんし、そういう真面目で真っすぐなところも俺は好きやけど。
 隣に立つ彼女の目下には、化粧でも隠せんほどの隈がくっきり。えらいすんまへんなあ、全部俺のせいですわ。


「アンタら、昨日は喧嘩しとったかと思えば一体なんやねん」
「ぎゃあぎゃあ煩いやっちゃのう。彼氏が彼女抱いて何が悪いねん」
「抱くって…なんやねんな!恥ずかしげもなく、よう言うわ」
「抱く、言うたら"仲直りのエッチ"ちゅうヤツやないけ。ひよ里みたいなお子ちゃまには、まだわかれへんやろけど」
「アホか、このハゲ」
「真子っ!?」

 みんなの前で何を言うんだと目を見開いた彼女に、ニッと笑う。
 ええやんけ。公認の仲なんやし、どうせお前の顔で全部バレてるって。肩を抱いて耳元で囁けば、情事の余韻を残して肩が揺れる。

 無風のはずのアジトの中に、ぬるい風が吹き抜けた。と思ったら、リサに思い切り頭をドツカれていた。


「あたしの最愛の姫に何してくれとるんや!」
「煩いわ、コイツは俺のんじゃ」
「真子が一人占めするなんて狡いわ、あたしは許さへんで」
「アホかッ!リサ、お前はオンナやないけ」
「この子の"美"は、そんなんを超越したところにあるんや」
 それに、あたしはもともと可愛い女の子のカラダ鑑賞するのが趣味なんやって、真子も知っとるやろ。

 相変わらず、めちゃくちゃなこと言いよる。リサもひよ里も、絶対的に彼女の味方やからなあ。こんな疲れた彼女の姿を見られた時点で、俺の分が悪うなるんは分かっててんけど。


「リサ…ひよ里も、真子は悪くないから」

 だから責めないで。と彼女のか細い声。男連中は、巻き込まれたくないのか傍観者を決めこんでいる。俺が逆の立場でも、多分そうするわ。ひよ里とリサの最強コンビを好んで敵に回すヤツなんて、この世のどこ探してもいいひんやろ。


「えー!アタシも絡みたーい」
「やめとけ、バカ」
 お前は空気読めねえのか、ったく…こっち来い! 


「いったーい!!もう、拳西のバーカバーカ!!そんなに引っ張ったら服脱げちゃう〜」
 こんなトコじゃヤーダ。拳西のスケベェ。

「人聞きの悪ぃこと言うなッ。俺がお前の服を脱がせたことが、一度でもあったか?このバカッ」
「えぇぇ…もしかして、脱がせたいのぉ?」

 白はとんちんかんな事を言って、拳西に怒鳴られてるし。ほんまにアイツらも、飽きもせんと毎日毎日ようやるわ。
 ええよな、部外者って。ため息を吐き出したら、顔面に飛び蹴り。そんなんされたら鼻血出るやんけ。


「何しらけた顔しとんねん、ハゲ真子!」
「痛っ…ハゲてへんわ!」
「そんなんどうでもええから、早う連れて帰りぃ」

 貧血か…。
 真っ青な顔をした彼女の、今にも倒れそうな身体をリサが支えていた。


「大丈夫かいな」
「大丈夫なわけないやろ、あんたのせいや。スケベ、真子」
 いったい何回やったんや。


「リサッ!?」

 そんなんここで言えるか、リサのボケ!!ほんまのこと言うたら、ここにおる全員が絶対引く自信あるし。平子の平は助平の平って、冗談じゃなくなってまうやないけ(もうバレてるかもしれへんけど)。


「なんや、そのマニキュアもエロいし。どう見ても真子の趣味やろ」
 その手で触らせたいとか思ったん違うか?このドエロ男。

「可愛いい〜。アタシもあんなの塗りたい、塗りたーい」
 拳西、塗って!触ってあげるから。ねえ、ねえ!!!

 リサも白も、もうエエから。そんなん見抜くの堪忍してくれや。




「…だいじょ ぶ、だから」

 見るからに具合悪そうやのに、お前も何言うてんねん(って、それも全部俺が無理させ過ぎたせいなんやけど。すまんな)。

「ほら、こっち来い。帰るで」
「……でも」
「でもとちゃう。さっさと言う通りにせえ」
 難儀なやっちゃなあ。

 繋いだ腕を軽く引っ張っただけで、バランス崩して倒れそうな身体。全然大丈夫ちゃうやん、意地張んのもたいがいにせえよ。
 俺のシャツにしがみ付く指先には、白い肌を彩るエナメル。血の色みたいなそれが、顔色の悪さをよけいに際立たせている。


「ほな、悪いけど俺ら帰るわ」
「ほんま、何しに来てん!」
 遅れて来といて、さっさと帰るって何様のつもりやねんな。

「すまんすまん。ひよ里、あとはお前に任すわ」
「もう二度と来ていらん!さっさと帰れ。けったくそ悪いなぁ」
「帰ってまた犯すとか、あたしが許さへんで」

 って、リサ…"犯す"はあかんやろ。一応お前もオンナなんやから。
 そんなん思いつつ、隣の彼女の顔がほんのり染まる姿に微妙に煽られとるなんて、俺の心の中だけの秘密や。ほんまにドコまで惚れてんねん、俺。


「1LDKは愛の巣かなんか知らんけど、これ以上その娘めちゃくちゃにするんやったら」
 あたしらが壊しに行ったるからな。覚悟しぃ!

 ビシッと中指立ててえらい威勢ええけど、制服コスプレしとるやつに言われたないわ。そんなことは、間違っても口に出来ひんけど。
 胸にしがみつく指先をゆっくり剥がして、掌を重ねる。

「お前らに心配されんでも、仲良うするっちゅうねん」
「それが心配なんや!」

 繋いだのとは反対の手をひらひらと振って、並んで階段をのぼる背中に飛んでくる罵声。

「聞いてんのか?ハゲ!」
「聞いとる、きいとる。大事にするに決まってるやろ」
「信用できひんっちゅうねん」
「うるっさいのう、いつまでも」
 これ以上ないってほど愛し合ってんねんから、放っといてんか。

 そう告げた瞬間、きゅっと絡みついた指先に、心臓がどくりと騒いだ。


するする絡み付く
家に帰ってもおとなしいさせてあげられへんかったら、堪忍な。
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