器用で不器用
行ったり来たりを繰り返す、もどかしいうごき。その触れかたは、故意なのか。それとも躊躇いなんやろか。
ぬるい感触。触れるか触れないかの所を掠めて過ぎる指先。欲しい所に届かない掌が、むず痒さを煽る。
「 もっと、」
「なに?真子」
なにを白々しいこと言うとんねん。もっと言うたらもっとに決まってるやんけ。
俺を見上げる顔のなかに作為を探してみたけれど、真面目な様子しか窺えない。軽く首を傾げて、困ったように眉を顰めた表情は、本気で何のことだか分かっていないということだろうか。
そんなすかした表情してるけど、お前がいま右手で触ってんのはなんやねん。そのおぼこい顔とのギャップが逆にエロさを増して見えんねんけど。
「もっと、ちゃんと触れっちゅうねん」
「お願いするにしては 強気 」
そう言ってくすくす笑うお前に、悪態をつく。
「あほか」
でも、彼女の言うこともほんまやな。確かに俺、めっちゃ偉そうやわ。
お詫びの代わりに乱れた髪の毛の隙間へ指を差し込んで、ごめんなと言うように優しく梳き下ろす。お前、髪の毛触られんの好きやもんな。
視線を投げた先には、さっき俺が仕上げたばかりの極彩色の爪。やっぱ、マニキュア塗った指先ってエロい。なんちゅうか、ソソられる。
触られる肌の感触よりも、見てるだけで変な気ィになりそうや。って、女に触らしとる時点で充分ヘンな気分になってんねんけど。
なんて馬鹿なことを考えてたら、
不意打ちの感触が襲ってきた。
「……こう?」
「……ぅっ!」
やわやわと皮膚の表面を撫で付けとった手の平に、きゅうっと力が篭る。急に跳ね上がった刺激量に腰がぶる、と震えた。
「しん…じ?」
「な…んや」
エナメルカラーの爪が先端を掠めて、溢れた粘液をつつっと掬う。
俺の反応を観察するような上目遣い、猫みたいなアーモンド型の瞳に俺が映って。
「こう、なんだね?」
「っ、おう…まあまあ や」
相変わらず台詞は偉そうやけど、声は途切れとるし。浅くなった呼吸は、熱を帯びる。
俺って、こんな声出すねんなァ。
這い回る彼女の白い指先と自分の皮膚。その色差が、なんだかやけに厭らしく見えるのは、気のせいではないと思う。
顔がそろりと下へ降りて行く。
鳩尾をすべり臍をかすめて、やわらかい唇の感触が肌を辿る。
ワザとなのか偶然なのか、じわじわと下がって行く頭の位置。それに反比例するように、俺の内側ではぞわりと血が滾る。熱いのに鳥肌が立つのは何故だろう。
「……っ、ふ」
漏れた声の恥ずかしさを隠すように、お前の頭に手を伸ばすと、しっとりと汗ばみ始めたうなじに指を這わせた。
カリ。腰骨に歯を立てられて。身体がふるえる。腰がびりびりと痺れてくる。
俺の顔を見つめるその目に、浮かんでんのは欲情。
お前の表情もとろりと緩み始めとるように見えんのは、俺のを触っててソノ気になって来たんか?
「ね。しんじ」
愛撫しながら名前呼ばれんのは、ほんまにヤバいねんて。しかもその指。たどたどしさが余計に堪らん。
あかん、そんなとこ触ってええなんて言うてないやろ。
「んっ……?」
「気持ち、イイ?」
無防備な問い掛けに、くしゃりと髪を撫でて。細い身体を無理やりに引き上げる。
「……く、」
「ね。どう?」
意地悪な手が、さまようように皮膚を掻いて。目の前の顔は、俺に触れているだけで溶け始めている。
そんな顔で触るなんて、反則ちゃうんか。
「……っ、」
ぴたりと隙間がなくなるくらいに抱き締めて、声を噛み殺す代わりに唇を塞いだ。
器用で不器用分かってて聞くな、アホ。
お前が触れてくれとるっちゅうだけで、気持ちええに決まってる。