これほどにもどかしいものは
荒くなった呼吸をやっとのことで調えた頃には、強烈な睡魔が襲ってくる。さっきまで真子にゆさぶられていた身体は、まだしっとりと汗ばんで、冷えた夜気に鳥肌が浮いた。
このまま寝てしまうのは気持ち悪いけれど、かと言っていまの私にはもう起き上がる気力も残っていない。脳内では、汗の不快感と睡魔が、熾烈な戦いを繰り広げている。
そこへ、低く掠れた声が滑り込んできて、一時戦いは保留。情事の前後の彼の声は、いつも無駄に甘い。
「大丈夫か?」
いったい誰のせいで私がこうなっていると思ってるんだろう。何度も意識がなくなりそうな所まで追いやって、眠りに落ちる狭間で現実に引き戻して。目眩のしそうな気持ち良さで、私をぐちゃぐちゃに翻弄したくせに。
涼しい顔をして、白々しく問い掛ける真子に、少しだけ目を吊り上げて見せる。
「大丈夫な訳ないでしょ」
「せやな…堪忍」
申し訳なさそうな表情を見せる真子は、いつもの彼らしくなくて。"大好きな真子くんに抱かれたんやから、嬉しいやろ?"とか、ふざけた台詞が返ってくるのかと思っていたのに。
思いやりにみちた双眸と、優しくて頼りない声に、ちょっとだけほだされた。
「もう、いいよ」
「ほんま?」
「うん。今日は学校休むから」
痛む腰をさすりながら、めくれてしまった布団を引き上げる。隣では真子が穏やかな笑顔を見せている。
外はもう薄明かり。何時間繋がっていたんだろう。全身はまるで泥のように疲労感でいっぱいなのに、心はじんわりと幸せで満たされていた。
「ほな、俺も休むわ」
「別に付き合ってくれなくてもいいよ、病気じゃないんだし」
「ちゃうねん。俺がお前と一緒におりたいだけやって」
「……どうぞお好きに」
腕枕から少しだけ体勢を変えた真子が、斜め上から私を見下ろして。ニッと口の端を持ち上げた。
――なに?その表情。嫌な予感…
「好きにしてエエんか?」
「は?真子のバカ」
「なんや、まだ足りひんかったんかいな。はよ言えや」
「違うって」
「照れんでもええから」
「照れてません」
(お前、ほんま可愛いのう。意地張っても無駄やで?) 違うと反論したいのに、真子の低い声で鼓膜を撫でられたら、声が出なくなった。代わりに漏れたのは、喘ぎにも似た吐息。ぴくりと揺れる肩。
そんな反応を見せれば誤解されて、また真子を調子に乗せてしまうだけだと分かっているのに。彼の声が私の名を呼べば、条件反射で反応してしまう。自分の身体が憎らしい。
掌が頬のラインを撫でる。キスの前の合図。
そっと目を閉じてしまうのも条件反射。でも、真子のキスが何よりも好きなんだから仕方ない。
降ってくる唇は、さっきまでのセックスを思わせる熱を帯びている。舌を絡め取られ、やわらかく吸い付かれれば、私の奥からは鼻にかかった吐息が引き出される。
徐々に頭の芯が痺れ始めて、指先は真子の背中をもどかしく掻いている。
(ちょっと触ってみぃ) "触る"って何を?と、快楽と眠気に満たされた愚鈍な頭で考えていたら、熱い指に手首を掴まれて。誘導された先には、滾る塊。
脈打つ真子に触れた瞬間、眠気は飛んだ。
これほどにもどかしいものはな。お前のせいで、めっちゃ元気になってるやろ。これでも付き合うてくれへんの?