好きなまま
「ほんで、お前 飯食ったん?」
「 ううん、まだ」
「ほな、ファミレスでも寄ろか。今日は俺が奢ったるわ」
片手で絡み付いた腕を解いて、さりげなく掌を繋いだ。
ジャケットのポケットに引き込んで、しっかりと指を絡めると(いわゆる恋人繋ぎっちゅうやっちゃ)、初めてでもないのにひどく鼓動が逸る。
外で待っとった俺の手に比べて、幾分か温かい彼女の体温が、じわじわと薄い皮膚を介して染み込むのを感じれば、恐怖はあっさりと影を潜めて。
なにをあんなに怖がっとったんやろ…
隣からは、見ぃひんでも分かるお前の微笑む気配。
「真子……何か変な顔になってる」
「は?どこがやねん」
「うーん、口許?ニヤケてるせいか、歯がまる見え」
「うっさいんじゃ、ボケ」
お前の方がニヤニヤしとるやんけ。
「酷っ…!でも真子には負けますー」
顔を見合わせれば自然に込み上げる笑い声。
ふたりを取り巻く空気は、やわらかに凪いでいた。
(ほんまに嬉しいねんから、しゃーないやろ?)
(そ…だね) どちらからともなく絡めた指先に力を込めると、人影のない路地裏に隠れて。
言葉にならない感情を表す代わりに、こっそりキスをする。
ぐーっ。小さく鳴いている腹の虫にくすくすと笑いながら、啄むようなキスを重ねて
「黙って出ちゃってゴメンね」
「かめへんって。帰って来てくれたから、もうええねん」
「でも、お腹鳴った…」
「空耳やっちゅうねん」
「違うでしょう?」
「ほな、デッカイ蛙でも近くに居てるんちゃう」
えらい季節外れやけどなあ。
笑顔でアホな会話を続けながら、路地裏を抜け出す。
相変わらず微笑みを浮かべたお前は、やっぱり可愛いてしゃあなくて。
くいっと手を引いたら、反射的に俺を見上げる目にやられた。
「前菜……いただいてもええかな」
「え?」
再び歩き始めて数歩。
するり。前髪の隙間に差し入れた指で、数度やわらかい髪を梳いて。
髪の毛に潜らせたままの掌を滑らせると、後頭部をしっかり固定する。
(いただきます) 明るい街灯の下、不意打ちでキスをすれば
「真子のバカ」
顔を真っ赤にしたお前に、バッグで背中を殴られて。
「なんでやねん、ほんまはお前も嬉しいくせに」
「嬉しくない!こんなの頭悪いただのバカップルじゃない」
「たまにはええやんけ。それに、」
せめて"アホ"言うてくれるか。"バカ"って言われんの、結構傷つくねんぞ。
ニヤリと笑って見下ろしたら、照れた顔で睨まれた。
お前が機嫌を悪ぅした理由が何やとしても、いまこうして並んで笑ってられたら、それだけでええ。
腹が減っとることも、さっきまでの寂しさや恐怖も、ひよ里に怒鳴られて苛々したんも、どうでも良くなって。
ファミレスまでの歩いて数分が、永遠に続けばいいのにと思った。
◆
食事を済ませて店を出たのは深夜で、薄明るい都会の空には淡い月。
「ごちそうさまでした、美味しかった」
「空腹は最高のスパイス、言うんはほんまやなぁ」
お前、いつになく食が進んでたんとちゃうか?
目の前で美味しそうにモノ喰うとるお前見てんのも、俺にとっては幸せやってんけど。
「無駄遣いさせちゃってごめん」
「アホ、気にせんとき。その代わり…この分は家着いたらきっちり」
「……?」
(身体で払ってもらうさかい) 途端にそっぽ向いたお前は、多分また頬染めてんねやろな。
その反応もめっちゃ可愛いやんけ。
「真子……エロオヤジみたい」
「オヤジちゃうわ、こんなヤングガイ捕まえて何言うねん」
「その台詞がますますオヤジっぽいし…」
「これはやなぁ、笑い取ろうとしてワザとや」
「ホント?」
「ほんまやっちゅうねん!」
疑ってんのか?
「さあね…でも、そんな真子も"スキ"だけど」
楽しそうに表情を崩して歩き始めた彼女の手を取って
「疑いついでに、ひとつ言うときたいコトあんねん」
両肩に手をかけ、正面から覗き込むと、いつになく真剣な顔を作った。
「お前は"スキ"かもしれへんけど」
「ん……」
「俺は、ちゃうで」
楽しげな空気が一瞬で失われたのは、俺の意図した反応ではなくて。
俺を見上げる瞳が、頼りなげに揺れるのを見つめる。
勘違いすなや?
お前が思ってるみたいなんとちゃうねん。
「……な…に?」
怯えるような彼女を至近距離に感じれば、すぐにも触れ合いたくて堪らなくて。
抱き寄せたい気持ちを抑えるのに、必死やった――
好きなまま(俺は…愛してんで)