浮気疑惑

 別に体力も精力も有り余ってる訳違うけど、あんなにじーっと見つめられたら変な気にもなる。健全な男を無意識で煽るなっちゅうねん。


「そろそろ学校…」

 胸のはだけた格好のまま、そんなん言われても説得力ないし。

「まだええやん」
「でも、二限目当てられるから…黒崎くんと約束が」
「は?なんやねんソレ」

 聞けば、頭だけは割といい一護と休み時間集中特訓計画とやらを立てとるらしい(つまりは、当たる問題の答を教えて貰うねやろ?)。

「だから、もう行かなきゃ」
「……」
「真子はゆっくり来れば」

 ばたばたとダッサい制服に着替えるお前見てたら、なんかもやもやする。俺らが学校に通とるほんまの理由、忘れてへんか?宿題なんてどうでもええやん。

 いらつく気持ちを抑える為、ベッドサイドの煙草に火をつけて一服。
 見上げた時計は9時少し過ぎ、一限目は完璧遅刻や。


「じゃあ、先に出るね」
「おう。慌ててコケんなや。俺も昼までには行くし」

 言い終わるとほぼ同時に、玄関の重たい扉がぱたりと閉まった。

 さっきまで俺の下で、めっちゃ可愛い顔見せとったくせに、えらいあっさりしとるやんけ。
 もっと啼かしたったらよかった。なんや、けったくそ悪いな。
 不愉快の原因は彼女のあっさりした態度のせいと言うよりも、さっき聞いた男の名前のせいなんやけど。

 ごそごそと灰皿を手繰り寄せると、煙草を揉み消す。
 勢い込んで立ち上がれば、肺の中に残った燻りが鼻に抜けて、気分が悪い。

 俺も一緒に行ったら良かった。せめて、玄関まで見送ったるんやったな。


 一気にやる気がなくなって、再びバタリと倒れ込む。

 さっきまで隣にあった温もり。
 お前の消えたベッドはひんやりとして、俺を馬鹿にするように軋んだ。

 もう学校着いた頃や。遅刻の言い訳、なんてしよるんやろ…ちゃんと上手いこと言えてんのか?

 外の陽射しは眩しくて、傍に居てへん女のことばっかり考えてまう。

 あかんわ、俺。
 悔しいけど、あいつのことめっちゃ好きみたいや。気になってしゃあない。

 お揃いの制服に袖を通しながら今ならちょうど休み時間に着くし、授業中に入って行くより面倒ないわ。なんて、取ってつけたような言い訳を捻り出していた。




「おはようさーん」
「おはようじゃねえだろ。たく、相変わらずふざけた奴だな」

 教室へ入ればすぐ、一護のツッコミが飛んでくる。予想通りや。
 俺的にはお前のそのセンス、嫌いじゃないねんけど、今は笑ってボケんのも一苦労。

「平子くん、おはよ」

 一護と額を突き合わせたまま、よそよそしい挨拶をしてくるお前に、無性に腹が立つ。一緒に住んでるんは内緒やねんし、トーゼンなんやけど。
 なんで一護と触れそうに近付いとんねん、もっと離れてたかて勉強出来るんちゃうんか?
 俺に見せ付ける為に、わざとそんなんしてる訳ちゃうやろなあ?せやったら、このまま見過ごされへんわ。そやなくても見過ごせへんけど。

「おはようさん、今日もべっぴんさんやなあ」
「ひら…こ、く」

 わざと耳元で囁くと、お前の肩が揺れる。
 お前が俺の声に弱いんは分かっとる。
 耳攻められんのに弱いんも分かっとる。
 せやから思い切り甘く掠れた声、出したった。

「おい…邪魔すんなよ、時間ねえんだから」
「へぇー…そうかいな」

 一護も言うてくれるやんか。でもなあ、ほんまに邪魔なんは、お前の方やねんで。


「ちょ、平子くん…なに?」

 細い手首を掴んで、ふたりで教室を飛び出す。

「ええからちょっと来い」
「待って」
「待てるか、ボケ」

 後ろから一護の声が聞こえたけど、そんなんには構てられへんし。

「平子くん、どこ行くの?」
「知るか、ボケ。平子ちゃうわ」
「しん…じ、皆にバレちゃうよ?」
「バラしたったらええやんけ、それともお前…バレたらなんか困るんか」

 屋上への階段をのぼりながら、ますます苛立ちが募る。
 なんやねん、さっき一護にもめっちゃ良い笑顔見せとったなあ。

「困らない…けど、」

 バタン。重たい音を立てて鉄扉を閉める。壁際に追い詰めて、両腕で彼女を囲いこむ。

「けど、なんやねん」
「真子、何怒ってるの?」
「怒ってへんわ。ボケ」

 なんでこんなに直情的な行動取ってしもたんやろ、という想いの一方で、間近に見下ろした彼女の姿に見惚れる。

「そう。なら良いけど…」

 ふわり。やわらかい笑顔で、首に両腕を回されて。

「真子の馬鹿」

 背伸びしたお前からの不意打ちのキスに、モヤモヤは消えた。

 その行動は反則や――


浮気疑惑
(あんまヤキモチ妬かすなや)


 一護なんてただのしょんべん垂れのガキやて分かっとっても、お前と仲良うしてたら気になんねん。
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