キスと雨
夜半過ぎから窓を伝う雫。
静かに降り続く雨は、小さな戸惑いも嫉妬も包み込んで洗い流すように優しい。
ぐい。腰を突き出せば、押し返してくる柔らかな抵抗。
そんなんされたら、逆に肌の表面から絡みついてくる熱をリアルに感じんねんから。
煽られるだけやで。
「アホか、なんで力抜かへんねん」
「もう、無理だって」
彼女の言葉は尤もだ。
ひととき離れていたあの時間で、どうしようもなく膨らんでしまった独占欲だかなんだか分からないものに、突き動かされていて。
貪るように繰り返しくりかえし抱いては、それでも納まらない熱を持て余している俺。
いつになく貪欲なんは、自分でも認める。
せっかく風呂に入ったっちゅうのに、もう身体もどろどろや。
そりゃ、疲れるわな。
「真子、どうしたの…今日は」
「何がやねん」
「やけに、しつこい。というか」
「"しつこい"言うな。俺にも分かれへんわ」
「……バ、っ」
また"バカ"と言おうとした彼女の唇を、そっと自分のそれで塞いで。
暗闇に響く湿った音が、外の雨音と混ざり合えば、尚更じくじくと胸に愛おしさが込み上げる。
「ただ分かるんは、」
「な…に?」
「イケメン真子くんは"お前の事めっちゃ愛しとる"ちゅうこっちゃ」
ぷっと吹き出して、俺の髪を撫でるお前は、可笑しいのか嬉しいのか分からん表情をして笑っとる。
その顔、やっぱりめっちゃ好きや。
「そんなの、私だって。というか、自分で"イケメン"って言うな」
「黙っとけ」
ちゅうか、お前がこれ以上喋られへんようにしたる。
再びぐい。と不意打ちで腰を動かす。ぬる、俺を飲み込んだ粘膜は、すでに溶けそうに熱い。
ぎゅうっとしがみ付く腕に誘われるように、もっと深い場所へ埋めこんで。
抜けてしまいそうな位置まで引いては、再びゆっくりと奥を穿つ。
俺の動きに合わせて、お前の呼吸が弾みはじめる。
「まだ、無理…言うか?」
「…っ、あ」
「止めなあかんねやったら、はよ言いや」
「しん、じ…バ……カ」
漏れる甘い声を聞きながら、意地の悪い言葉ばっかり浮かんでくるんも、俺の愛情。
愛のデカさなら、お前に負けてる訳ないやろ?
「そんなん言うんやったら、止めてまうで」
「……」
「もう、腰痛ァてかなわんとか言うてたしな」
優しい真子くんは、お前の為に我慢したってもええで。
ニッと笑って動きを止めると、溶けそうな顔が俺を見上げて。
「……ヤ、だ」
掠れた声が拒否の言葉を紡げば、止められるわけがない。
耳から入り込む、甘ったるい声。
視界を占領するのは、頬を上気させたお前の姿。
それらが合わさったら、どんだけ破壊的な威力を持ってるかなんて、言葉で説明出来ひん。
頭ん中がぼーっとして、身体は火ィ噴きそうなほどに熱うて。
まだ、焦らしたろうと思てたのに、無意識で腰がぶるりと震える。
その反動で、きゅっと内壁が詰まって。薄い膜に隔てられていることさえ忘れてしまいそうなほどに、ぴったりとくっつく肌。
繋がっている部分から、融合してしまえたらええのに、って本気で思った。
「し…ん、じ」
俺の名前を呼ぶ声は、雨よりももっと水分を含んで。なのに、厭らしく嗄れている。
攻めてるのは俺側のはずやのに、我を忘れて腰を振りながら、お前に飲みこまれそうになる。
「し……んじ…」
泣きそうなお前の声が聞こえたら、もうあかん。
愛おしすぎて、頭がじわじわとおかしくなって。臍の奥辺りで感じる快感はどんどん広がって、脚が攣りそうになる。腰まで痺れてくる。
「しんじ…も、ダメ」
「まだ、や」
「だ…め……」
まだって何がやねん。アホちゃうか、俺。
心の中で自分にツッコミを入れる。とっくにもう我慢の限界なんて超えとんねんから。
でも、出来るだけお前と繋がってる時間を長く保ちたいと思うのも本心で。
必死で小難しい事を考えては、せり上がってくる快感を押さえ付ける。
「…っ…くっ…まだ」
なのに。
「しんじ…ス、キ」
途切れ途切れの"スキ"って言葉に、一瞬で気持ちを掻き乱されて。
お前の中で、びくりと俺が震える。
呼応するように、締め付けてくる粘膜。
痙攣する動きと同時に、視界の端で白い爪先はピンと反って。そんな可愛い反応見せたら、ほんまにあかんて。
背中に回された指先が、掻き毟るような鈍い痛みをもたらす。もうイきそうなんやな?(俺もやばいねんけど)
「ス…キ。し、ん……じっ」
一層強さを増した雨音が、ずっと遠くで聞こえて。
繋がった部分からぐちゃぐちゃと響く音も、お前が俺を呼ぶ声も、自分の荒い息も。
全部が混ざり合って、頭の中をぐるぐると攪拌する。
「俺も、や」
ぎりぎりまで引いた腰を、ぐっと強く打ち付けたら
やわらかく潤み切ったお前の中に、俺の熱が融け出した。
◆
外では相変わらず雨が降り続いているらしい。
何度目かもわからない情事のあと、小さくため息を吐いた私に真子の優しいキスが降ってくる。
「やっぱり…私の方が真子を好きなんだろうな」
「なんでやねん」
「結局なんだかんだ言って、いつも受け入れちゃうし」
アホか。と言いながら、一際深いキスをした真子に、額を小突かれた。
「お前より俺のほうが、もっと愛しとるっちゅうねん」
「そんなことない。だって私は出会ってすぐから、だよ」
真子は、そんなの全然気付いてなかったでしょう?
どっちが先に好きになったとか、そんなのは愛情の度合になんの関係もないことなど分かっているけれど。
いまの自分の中にある愛おしさを表す尺度を、ほかにはすぐに思いつかない。
「しゃあから、気付いとった言うてるやろが」
「嘘…」
ピロートークの合間にキスをしているのか、キスの合間に会話をしているのか分からない位、何度も何度も唇を重ねて。
それでも全然足りない気がした。
「ウソちゃうわ。それに、」
やっぱり、俺の方が先に好きになってたで。
得意げに微笑む真子に見惚れながら、瞬きするのすら惜しいと思う気持ち。
これ以上に、真子が私を愛してるなんて、あり得ない。
「いつから?」
キスと雨(お前が母ちゃんの子宮ん中おるときからや)
な。お前の負けやろ?
fin
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2009.03.18
お付き合いありがとうございました。なんとなくseries:指先へつづきます。
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