オートマチックヘブン
オフィスラブなんて馬鹿げていると思っていたし、悩む同僚にはっきりと言葉でそう伝えたこともある。
正直に言えば、彼女たちを見ていると今でもそう思う。というのが私の本音。
だけど、
私と奈良さんの関係は、これまで認識していたオフィスラブのイメージとは、余りにも掛け離れていた。
「オメェも変わった女だなあ」
まるで一般論のように紡がれる台詞の、裏にある思考が愛おしい。
安っぽく愛の言葉を垂れ流す男たちのどんなに甘い囁きよりも、奈良さんのその一言の方が嬉しいと感じる私は、確かに一般的な同世代の女性の群れの中では異質な存在なのだろうけれど。
"変わってる"というのはつまり、彼が某かの理由で私を認めていることの現れだと思うから。だからこそ、瞳を細めながら楽しげに私を飲み込むその姿に胸がぞわりと泡立つ。
「私が変わり者だとするなら、そんな女とこうなった奈良さんは」
もっとおかしいのかも。
くく。すっかり耳慣れてしまった低い響きにあわせて、浅黒い腕が私を抱き寄せる。
首筋に染み込む体温には、酩酊の成分が含まれているのか。触れ合うだけで、心地よい苦しさに苛まれる。
(阿呆…) たった二音節で、私のすべてを受け入れていることも、それがただの分かり易くて陳腐な想いによるものではないことも、なのにいま雄としての衝動的な欲を感じていることも、同時に示してしまうなんてシカクは狡い。
そんな彼に、私が抵抗出来る訳ないじゃないか。
後ろめたく、陰に隠れなければならないが故に、薄暗い恋情を煽られる。
見なくてもいいことまで見えてしまうからこそ、下らぬ嫉妬心に捕われて慎しみをなくす。
それを恋愛のスパイスだと楽しんで居られる人は稀で、大抵は醜悪な結末を向かえるか、美しくはないエンドレスループに陥る。
いままで私が感じてきたオフィスラブとは、そういうものだった。
なのに、どうだろう。
いまの私には、後ろめたさのかけらもない(多分それは、彼も同様)。
"自分たちは皆とは違う"と思うその思考こそが、私の最も苦手な女性たちの独善的恋愛論と全く重なっていて、それが"恋に目が眩む"ということなんだろうけれど。
少なくとも私たちは、この関係に溺れることはしない自信も確信もあって、見返りを求める気持ちは微塵もなかった。
いつも目の前にあるのはたった今、現在の互いの存在だけで。
味わうべきは欲望を乗せた視線と、熱を孕んだ吐息と、噎せるような雄臭い匂い。
安寧を求める未来思考なんて、最初から持ち合わせていなかった。
その時点で、やっぱり決定的に彼女らの関係とは違うのだと思う。
「変わり者というより、物好きなのかも」
「なんだぁ、そりゃ」
疑問詞を吐き出しながら、少しも答えを求めていない彼を見上げる。
腰に回された指にぐいと力がこもる理由が何なのか、考えることにきっと意味はない。
ただその先に続く行為を待ち焦がれ、何も思惟を交えずにそれを感じればいい。
ほら。
這い上がる指で煽られる、皮膚の下の熱。
オートマチックヘブン
そういう風に出来ている…
その指の緩慢な厭らしささえ、愛しさを増幅させるだけ。