干 渉

「ただ今戻りました」
「おう。お疲れさん」

 もう誰もいないだろうと思いながら戻った事務所には、ちいさな明かりが灯っていた。
 三日間の予定の出張が長引いてしまったのは、正直しんどかったけれど。帰って一番に見れた顔が彼なら、疲れも何処かへ飛んで行く。

「社に戻らず直帰で良かったのに」
 オメェは、律儀なヤツだなあ。

 低く笑う声。だったら、奈良さんがそこにいる理由は何なんですか?なんて、可愛げのない問い掛けはしない。だって、私がきっと帰ってくると思ってたに違いないから。
 労いの言葉ひとつを掛けるために、遅くまで残っている。あなたはそんな人。

「荷物を置いたらすぐに帰ります」
「一緒に出るか」

 立ち上がって帰り支度を始めた背中。空調を抑えた室内で、捲っていた腕のシャツを下ろし、ジャケットを手に取る。
 緩めたネクタイはそのままに、近づいてくる姿。一週間ぶりに見た奈良さんは、相変わらずの男っぷりで。数日やそこらで、人が変わるものじゃないとは知っているけれど、何だか初めて会った瞬間みたいに胸が騒いだ。

「荷物、貸せ」

 返事の前に重いバッグを奪われて、腕が軽くなる。
 言葉少なくて、無造作にやさしい。距離が詰まれば、嗅ぎ慣れた香水だけではない奈良さんの匂い。疲れた脳がぐらぐらと揺れる。
 並んで歩く暗い廊下。ふたりきりのエレベーター。すっかり慣れてしまった情景の筈なのに、数日のブランクでこんなにも愛おしい。
 
「ったく、誰だ。オメェにこんな時期の出張入れたの」
「……並足さん、ですけど」

 何故ですか?私がどこで何をしていようが、それを把握はしていても、気にはしない人だと思っていた。事実、商談は成功したわけだし、そのことは会社にも報告済みだ。

「何か問題ありました?」
「いや。そうじゃねえが」
 とにかく、家まで送るから。

「奈良さんもお疲れなのに」
「黙って言う通りにしやがれ」

 誰かに踏み込まれること。それが自分の望みだなんて、恥ずかしくて口に出来ないけれど。その相手が奈良さんなら、いくらでも干渉されたいと思っている自分がいる。
 愚かでもいいから。こうして構われることで存在意義を見出だして。嬉しい、と思っている。きっとそんな私の想いも全部、奈良さんにはつつ抜け。
 干渉されることは、人間の素直な要求なのかもしれない。なんて、勝手な理屈を捻り出していることも。

「ライドウのアホ」
お陰で誕生日、一緒に過ごせなかったじゃねえか。

 狭い箱の中。覚えてやがれと呟く彼に、そっと手を伸ばした。


 干 渉
 縛られているのも、わるくない。
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