思春期ラプソディ
教室へ入ると「あーー…」とうめいている仁王のなんとも微妙な声が聞こえた。何を考えているのかは知らないが他人の席を占領して、机に俯せ、長い足を前になげだしている。
「どしたの朝から変な声だして」
「!っ、なんじゃ突然。神出鬼没はやめんしゃい」
「いや、ここ私の席」
ガバッと弾かれるように起き上がった仁王の目を覗き込んで、まずは朝のご挨拶。
「おはよう仁王」
さらさらの銀髪も白い肌も朝の光に透けて、いつもながら消えそうにきれいだ。
「今朝もイケメンだね」
「……お、」
「お?」
「…す」
「す…」
「………」
「おす?」
「違うき」
形よいくちびるが発する短い言葉の意味を読みかねて、首を傾げる。じっと顔をみつめたら、視線が重なった瞬間に仁王があわてて目をそらす。
「なに」
「やっぱりかわええ」
「は?」
「かわええから、仕方なか」
いやいや仁王くん。脈絡もへったくれもないこと真顔でおっしゃいますが、綺麗なのはきみですよ。その口元のほくろがさらに美人さんオーラ跳ね上げてますよ。
「仁王。どうした?」
「すまんの」
「なにが」
「ほんと、すまん」
「だから、なにが」
「今は言えん」
言わない意思表示なのか仁王はくちびるを噛み、色白のほほをほんのり染めたまま俯いている。
「仁王」
「なん?」
「私日本人。日本語喋ってくれないと分からない」
「…プリッ」
あ。宇宙語でた。
褒めたかと思えば謝罪。どうなってるんだ。いったい仁王になにがあったの。ついでにそろそろ私の席からどいてください。
「ゴメンナサイ」
「だから何を謝ってるの」
「今は言えんのじゃ」
理由を聞いても「いまは言えん」ばかり。そしてまた謝る。謝る。謝る。私この十数分で謝罪の台詞のレパートリー聞きつくしたよきっと。
「後で教えちゃるき」
「気になって仕方ない」
「俺のこと?」
「仁王の言葉」
「気になるんか」
「気になる」
「聞きたい?」
「聞きたい。今すぐ聞きたい」
そう言ったらガタッと立ち上がった仁王に腕をとられて、あっという間に教室から連れ出された。
「なに、急に」
「教室では言えんのじゃ」
「なんで私の席にいたの」
「待っとった」
「……」
「謝ろう思って待っとった」
繋いだままの仁王の手に、ぎゅうっと力がこもる。髪のすき間から見える耳たぶが赤い。どこに向かうつもりか告げぬまま、仁王はずんずん歩き続ける。
そろそろ授業がはじまる頃だけど、いいか。もう。諦めたころにテニス部の部室に着いた。この時間には、当然ほかに誰もいない。
「それで?」
「……ん」
「何で朝から唸ってたの」
「………」
「なんで謝るの」
「………」
「喋らないなら教室帰るよ」
「やじゃ」
まだ帰りとうない、と言って俯いて固まった仁王の髪をなでる。駄々っ子か、きみは。
「何言われても怒らないから」
「ほんと…怒らん?」
「怒らない怒らない」
「約束してくんしゃい」
やっと顔をあげて小指を差し出してきた仁王の頭を、もう一度だけなでて。ながい小指に小指をからめた。
ゆびきりげんまん。
「昨日の晩な、」
「うん」
繋がった小指をぐい、と引かれてバランスを崩した私を仁王が抱きとめる。肩に仁王の額がこつん、と乗る。
そのまんまの姿勢でしばらくじっとしていたら、なんどめかも分からない「すまん」を言って、仁王がやっと重たい口をひらいた。
「…――――」
「!?!!!」
耳たぶをなでる位置でこっそり囁かれた言葉にびっくりして。あまりにびっくりしすぎて。聞いた瞬間、心臓がはねる。慌てて彼の胸を押してはなれようとしたのに、ひょろひょろの仁王の体はびくともしなかった。
「お前さんが可愛いかったから仕方ないんじゃ」
「や…あ…、の」
「……怒らんで」
怒るなんて選択肢はすっかり抜け落ちて、ただただ暴れる心臓をもてあます。ドキドキしすぎて胸がいたい。あんなセクハラ発言するなんて。
なんてやつだ、なんてやつだ…
ああ、私もうダメだ。あの発言にキュンとくるなんて。おわってるごめんなさい。仁王に、おちた。
「許してくんしゃい」
思春期ラプソディ(昨日の夜 おまんで抜いたぜよ)
2012.02.01
そこは秘めようよ、仁王くん
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