クールの崩壊
怖いのは「越前くん」じゃない。怖いのは、私が本当に怖いと思っているのは、「越前くんの徹底的なまでのクールさ」だ。私はまだ、彼が動じるところを一度も見たことがなかった。
どこで聞きかじったのか、桃城くんは「興味ないように見せてクールぶるのは"本当は甘えたい"という子供のサインらしいぜ」と得意げに主張していたけれど、越前くんが興味なさげな時は本当に興味がないだけなのだと私はもう知っている。外見とは裏腹に彼の内面は既にかなり成熟しているのだ。すくなくとも桃城くんや私のほうがずっと子供。
だから、彼に「先輩」と呼ばれるたび、ものすごくくすぐったくなる。表面的な呼びかたと、中身の成長度合いにはなんの関係もないのだなあ、と思い知る。
「ファンタ、どれにする」
「え?」
「たまには奢ってあげる、って言ってるんスよ。先輩」
「…い、いいよ」
私の言葉を無視して、彼は自販機に硬貨を投入した。
越前くんは、悪くいうならばさめている、良くいえば落ち着いている。生意気に見えてしまうのは外見が中身に追いついていないだけで、いつも冷静で大人びたさまをみているととても私より歳下だと思えない。精神的に安定した子だな、といつも思う。
「先輩、何がすきなの」
おかげで彼といると 四六時中 心のなかを見透かされているような気がしてひやひやする。ドキドキさせられてばかりだ。
今日もドキドキしながら、自販機の前でしばし考える。
「オレン」
「グレープ!だよね 先輩?」
「………ハイ」
答えるより先に言い切られて、黙って頷いた。越前くん、質問の意味ないんじゃないかな。それにしてもこんな寒いときにもやっぱりファンタなんだね。と思いながら、ぽん、とゆるい放物線を描いてなげられた缶を地面に衝突するぎりぎりでキャッチする。
「冷、た…くない、あったかい!」
「ふん」
鼻で笑って、半分だけ振り向いた越前くんがくっ、と口端を持ち上げる。
いま両手にすっぽりおさまっているのは、冬の定番つぶつぶコーンポタージュスープ。私の大好きな、いま一番ほしかったもの。なんで、なんでファンタじゃなくてコレなの。と思っている間に目の前でプシュッ、と缶をあけた越前くんは喉を鳴らしてファンタを飲み下す。
「なんで」
「アンタ、分かりやすいからね」
ふっ、とため息をついてふたたび缶に触れる唇が、芸術的にうつくしい。嚥下にともない瞑られる目元もきれい。缶を持つ指先もきれい。越前くんはどこもかしこもきれいだ。
冷たい指先であったかい塊をにぎりしめる。やっぱり彼には簡単につつぬけなんだなあ、って複雑な想いでほっぺたに缶を押し付けた。実はさっきから寒くてたまらなかった。
「……敵わないなあ」
「なに、俺に対抗したいワケ?」
「たまには、ね」
「残念」
まだまだだね…。そう言いながら無造作に差し出されたのは、青学レギュラージャージ。
「え…なに?」
「顔色悪くて見てらんない」
「ありが、とう」
寒かった。寒くて歯の根があわなかった。本当に、なにからなにまで見抜かれているんだなあと思った。それが嬉しいと思った。
ごそごそとジャージに袖を通したら、かすかに越前くんの匂いがした。すっかり寒そうないで立ちになった越前くんに、せめてもの代わりにと私のマフラーを巻き付ける。くるくると2周して、首のうしろに両手を回した瞬間。切れ長のきれいな目と、おんなじ高さで視線が重なって。あんまりまっすぐ見つめられるものだから、ぴたり。動きをとめた。
身長差のない私たちには、その距離は近すぎて。どくん、どくんと不自然にむねが脈打つ。
「……まだ?」
「ご、ごめん」
「そんな姿勢で固まらないでよね」
そんな姿勢…――越前くんの首に縋り付いて、まるでキスをねだってるみたいな格好だね。これ。
息がとまりそうなくらい動揺しているのは私だけで、越前くんはやっぱり冷静。このクールビューティっぷりが崩れることなんてやっぱりないのか、と思ったらちょっと悔しくて、頭の後ろがわで心持ちきつめにマフラーをギュッと縛った。
「ぐっ!何やってんスか先輩、苦しいんスけど」
「知らない」
「まあイイや。置いてくっスよ」
すたすたと歩き始めた越前くんの後をいそいで追う。身長も歩幅も私とかわらないはずなのに、彼は歩くのが早い。
「待ってまって、越前くん。このジャージって案外あったかいんだね。サイズもちょうど良い、し…」
「………」
「…え?」
チッ、と短い舌打ちのあと振り返った越前くんに、ほっぺたをぎゅうっとつままれる。右も左も。
「い、いひゃい痛」
「アンタむかつく」
そう言ってマフラーを顔の半分まで引き上げる直前、越前くんの顔がほんのり赤く染まって歪んでいるのをはじめてみた。ような気がした。
クールの崩壊いつまでもこのまんまだと思うなよ- - - - -
2012.02.03
はやく大きくなーれ