エゴイストは跪く

「今朝な、なんや知らんけど謙也くんと蔵が掛け合い漫才してる夢見てん」

 朝一で私が言えば、謙也くんは何を飲んでいたわけでもないのにげほげほと盛大に咳込んだ。まるでなにかを喉に詰まらせたおじいちゃんみたいだ、と思いながら私は寝不足で痛むこめかみを揉みほぐす。

「ほ、ほんま?」
「なんで私がわざわざこんな嘘つかなあかんの、ほんまやで」

 反応の薄い蔵に比べ、謙也くんはものすごい嬉しそうな顔になった。咳込んだせいなのか、かすかに頬まで赤くなっている。この子ほんまに分かりやすい。まだけほこほ小さく咳込む彼の背をとんとんと撫でたら、さらに顔が赤くなる。冬の朝なのになにこの茹蛸みたいな子、かわいい。

「謙也くんのツッコミ甘いから私横からツッコミ被せんのめっちゃ忙しかったし」
「俺の夢…見てくれたんや」
「俺忘れんといてや、謙也」

 餌を与えられてわふわふと喜ぶ犬みたいに目を輝かせている謙也くんに、さりげなく蔵のツッコミが入ったが彼は全くスルーして私を見つめたままみえないしっぽを全力で振っている。

「ツッコミ役やったらもっとしっかり突っ込んでや。謙也くんのおかげで私寝てられへんかったやん」
「俺の夢見て寝られへんて」

 言いながら、口元がゆるゆるになっている。「多分いまの私らの言葉半分くらい聞こえてへんね」と、蔵と顔を見合わせて苦笑する。

「謙也くんと "蔵" の夢な」

 蔵、を強調して伝えればやっとしっぽのフリフリが止まった。

「ちなみに悪夢やったわー」
「あ、あ、悪夢て」

 そして「悪夢」ってフレーズ聞いた途端にまた分かりやすいほど極端に落ち込みました、と。マンガみたいに青ざめた縦線デフォルメ見えるレベルの典型的落ち込み方が笑える。かわいい。その落ち込み方めっちゃかわいい。ずずーん、って効果音入れたくなる。

「悪夢てくっきり印象に残るよな」

 蔵がさりげなく言葉を挟む。フォローのつもりだろうか、すこしだけ謙也くんの表情に生気が戻った。

「せやねん。蔵のボケネタ振りは天才的で完璧、まさにバイブルって感じやのに謙也くんのツッコミがもう絵に描いたようなぐだぐだ加減で、ほんまにお前は生粋の関西人か?嘘ついてんちゃうでこの似非野郎!どこに関西人魂置いてきたんや、って叫びたなるくらいひどかってんやんか」

 かわいい落ち込み方をもっと見たくて、3割くらい大袈裟にけなしてみたら「似非…」と呟きながら、謙也くんがまた塩振られた蛞蝓なみにしょんぼりした。謙也くんの腰で、見えないしっぽがしゅん、と垂れて脚の間に隠れるのがみえた(気がする)のでさらに調子に乗ってみる。

「それに私、ファンなんはどちらかと言えば忍足は忍足でも侑士さんの方やのに、夢に忍足さんでてきたー!初忍足夢や!思たら謙也くんやってんで、これどういうこと?」
「……すまん」
「いや、別にそこは謙也謝るとこちゃうで」

 へこへこに凹んだ謙也くんを見兼ねてまた蔵がフォローを入れる。眉毛下がって今にも泣きそうな顔かわいい。情けない顔かわいい。肩すぼめておっきい身体ちいさくしてる。キューン、て鳴き声あげそうな姿勢になってる。なにこのいじらしい生き物。

「でも、すまん」
「せめて夢でくらい好きな人に会いたい思うやん」

 そこでさらに微妙な追い討ちをかける私は鬼やな。でも、謙也くんの落ち込んだ姿ほんまかわいいねんもん。その涙目がかわいくてかわいくて、なんでこないヘタレなんって思うけどヘタレてなかったら謙也くん違うし。そういう所も含めてほんまは全部大好きやねんで。
 私の本心を知っている蔵は「ほんま悪趣味やな」って声に出さずに諭しながら呆れてる。

「……う、」
「謙也いじるんもほどほどにしといたってな。こいつお前にやられたらほんま3日くらい使いモンにならへんなるから」

 そう言いのこして去っていく蔵に片手だけでごめんなのポーズ。瞳を潤ませたまま俯いた謙也くんはそれに全く気づいてない。多分、蔵の言葉も聞こえてない。と思う。

「謙也くん」
「……なん」
「サボろか」

 返事を聞く前に、ヘタレた仔犬みたいに萎れてしまった従順な子の手をひいて、いっしょに教室を抜け出した。


「なあ、謙也くん知っとる?ファンと好きはちゃうんやで」
「……?」

 やっぱりそれだけじゃ分からんみたいで、まだ切なそうな表情のまま首を傾げる謙也くんのふわふわ猫っ毛をくしゃっと撫でた。気持ち良さそうに目を細めた隙に閉じたくちびるを自分のそれで掠めたら、びっくりして彼が目を見開く。

「な、なな ななななにしてんねん」
「噛みすぎやろ」
「あっあほか!」
「謙也くん鈍感やから」

 好きな子には、毎日会えてるからほんまは夢とかどうでもええねん。ついでに好きな子の傷付いてる顔が最上級のごちそう、とか言う変な性癖持っててごめんな。大好き。
 心のなかで詫びて宣言してもう一度くちびるを掠めたら、間髪入れずに前歯ガチンコの勢いで乱暴に奪い返されてくちびる切れた。浪速のスピードスター焦りすぎやし。

「痛ッ」
「あっ、悪い」

 ここでもし「従兄弟の天才・忍足侑士さんにもっといろいろ教わっといてください」とか言うたら謙也くんまた泣くんやろな。
 情けないくらいぐしゃぐしゃに泣いた顔みたいな、と思って口を開きかけた、ら。切れたくちびるをざらりと舐められて、ひらいたくちびるの隙間からなにもかも飲み込むようなキスが流れ込んできたから。うっとりして、流石になんにも言われへんなった。

 なんや、謙也くん結構やるやん。
 欲情したようなその真剣な顔すき。こわいくらい尖ったその鋭い目もすき。でも、そんなんしながらふるえてる指先はもっと、もっとすき。


エゴイストは跪く
いつまでもやられたままでおれるか
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