omnibusバレキス@青学
【case01.菊丸英二】
バレンタインデーのその日。部活の始まるすこし前に、部室の裏で英二先輩にがっちりつかまった。
「なんですか」と問えば、無言で両手を差し出されたけれど、あいにく私は部員みんな用のチロルチョコ詰め合わせしか用意していないのだ。
「えー、なんでさー!」
「何でって、英二先輩ならたくさんチョコレート貰いそうだし」
「それはないって」
「いやいやいや、現に私友達から預かってますから」
はい、これ。と紙袋いっぱいのチョコレートを渡したら「それは受け取れないにゃ」と左右に首を振られた。
「なんでですか、私困ります」
「だって、俺はキミのだもん」
「へ…」
「で、キミは俺の。知らなかった?」
知るワケないじゃないですか。今までそんなそぶり一度も見せられたことないし。第一、私は競争率高いところを狙うの苦手なので。ノーマークでした。嘘です。でも、
「ホントに何にも用意してないです、ごめんなさい」
「にゃるほどー、アレだにゃ」
「アレ?」と問い返して首を傾げていたら、ニコニコ笑顔の英二先輩が近づいてきて。不意打ちで かぷ、っと下唇を食まれた。
え。
「な!」
「な?」
右手から紙袋がドサッ、と落ちて中身の色とりどりのラッピングが地面に散らばる。
「なに…」
「最後の手段で決めちゃう、ってヤツだにゃ」
バレンタイン・キッス
「わーーー!!」
「ぷぷ。顔真っ赤」
初めてなのに 初めてなのに。
英二先輩、こんなんじゃ私もう今日の部活いけませんと言ったら「かわいいにゃー」ってもう一回念入りに食べられた。
この人小悪魔。
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【case02.海堂 薫】
「海堂くん」
「あ゙?」
怖い こわい コワイ。後ろから声をかければ、振り返らずにかえってくる返事がいつもに増して低い。背中が殺気立ってる。なんか私、いまとんでもない拷問にさらされてる気がしてきたよ みるくちゃん(猫)助けて! と思いながら桃城くんに刷り込まれたセリフをなんとか吐き出した。
「もらって下さいニャン」
「・・・・・」
頑張ったんだけど。桃城くんに相談して、セリフとか格好とか、私なりに超頑張ってみたんだけど。喧嘩するほど仲がいいってのはやっぱりただの俗説で、桃城くんと海堂くんは犬猿の仲なんだろうか。アドバイス貰う人、間違ったのかな。
なかなか振り向いてくれない海堂くんの背中に、チョコレートを差し出したまま、もう一度だけ呼びかける。
「海堂く…」
くるり、振り返った彼のほんのり赤い顔は、私の着けている猫耳を見たとたんさらに真っ赤になった。「ふしゅー」って変な声きこえる。
「もう一回」
「え?」
「さっきの、もう一回」
言って。と小さい声でねだられて、赤い顔でまっすぐ見つめられて、どうしたら良いのかわからなくなる。大きく息を吸い込んで、呼吸を整えて、意を決して繰り返してみたら。
「…もらって下さいニャン」
おそろしい勢いで掻き抱かれて、チョコレートは見事に潰れました。
フミャー。
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【case03.乾 貞治】
お昼休みに屋上へ行けば、乾先輩がひとりでぽつんと座っていた。おっきなカラダで体操座り、かわいい。
「今日キミがお昼休みに一人でここへ来る確率97.5%」
いや、もう私ここに来てるからその確率って100%で良くないですか というより確率を計算する意味なくないですか。
「いまキミが、確率の計算なんて無意味だと思っている確率100%」
「当たり、です」
「背中になにかを隠し持っている確率…99.9%」
何なのこの人。その通りだけど。というかバレンタインデーの昼休みにこんな所で男女が会うって言ったら、目的はだいたいひとつだよね?推測するまでもないよね。
「それがチョコレートの確率99.8%」
「欲しい、ですか?」
「勿論だ。ちょっと待ってくれ、手作りの確率98%」
「…はい」
「俺だけに作ってくれた確率…」
聞いてたらなんだか、だんだん面倒臭くなってきた。
「洋酒を使用した確率…」
私なんで乾先輩にチョコレートあげようとか思ったんだっけ。なんでわざわざ睡眠時間削って作ったんだろう。
「それがラム酒の確率…」
私本当にこの人のこと好きなんだっけ。あまりに乾先輩がデータの話ばかり持ち出すと、もしかしたら私のことも数字でしか把握されていないんじゃないかと不安になる。身長とか体重とか成績とかスリーサイズとか。彼の中の私認識はそういう数量化できるデータばっかりで。
私の顔色や態度は、ちゃんと見てくれてないのかもしれないなあ、って寂しくなって俯いたら顎を掬われた。
「なんですか急に」
「俺とキミが両想いの確率100000%」
抱きしめられた耳元に低く注がれるその声はやっぱり、どうしようもなく大好きだけど。その声だけで何もかも許したくなるけど。先輩、それちょっと桁が多いです。
ちなみにラム酒は使ってません、コニャックです。残念。
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【case04.越前リョーマ】
越前くんだけに手作りチョコを渡すのが恥ずかしくて、南次郎さんの分も一緒に作ってみた。
二人同時に渡せば、反応の薄い越前くんとは対照的に、お父さまは大喜びでハグしてはしゃいで、すぐに包みを開く。ひとつつまんで大袈裟に味を褒めたあと、またハグして頬っぺたにキス。さすが南次郎さん、インターナショナル。
と思っていたら、越前くんの顔が思い切り歪んだ。
「先輩、誰に会いにきたんスか」
「越前くん、と南次…」
「俺っスよね!」
「…はい」
確かに本命は越前くんで、お父さまは義理、だけど。
「なんで親父は名前で呼ぶんスか」
「妬くな妬くな少年!」
南次郎さんのひやかしに、「そんなんじゃねーし」ってぶつぶつ言ってる越前くん、かわいい。珍しく顔が赤い。私ちゃんと愛されてる。
「さっさと行くっスよ」と腕を引かれて2階に連れていかれる背中に、南次郎さんの「ったく、青いねぇ…」って嬉しそうな声が聞こえた。
初めての越前くんの部屋は彼の匂いがする。へぇー、って物珍しさできょろきょろしていたら、不意打ちで下の名を呼ばれてドキッとした。しかも呼び捨て。越前くんの目がいつもより鋭い。
「越前くんどうした」
「違うっス」
「え?」
「名前、呼んでよ」
あー、とか、うー、とか意味不明なうなり声をあげながら、心のなかで何度もリョーマくんリョーマくんと練習していたら、「勿論呼び捨てっスよ」とサラっと言い放たれて途方にくれた。
ラッピングを丁寧に剥がしていく越前くんの指先に見とれながら、リョーマ、リョーマ、リョー…マなんて言えるワケあるか!ばか!越前くんのサディスト!って心臓をバクバクさせる。
だけどチョコレートをひとつ摘んで「ねえ、まだっスか?」って意地悪な顔を見せている越前くんは、どうもこのまま許してくれそうもない。
心臓をとんとん、と外側から叩きながら口のなかでリョーマ、リョーマと繰り返して、おおきく深呼吸を3回。息を止めて。
「っ、リョーマ…」
頼りない声でなんとか名前を綴った瞬間に、チョコレート入りのものすごく甘ったるいキスが降ってきた。舌で押し込まれる液体が甘いのか、越前くんのくちびるが甘いのかよく分からない。
「!!?」
「消毒」
消毒って、あの、南次郎さんがキスしたのは頬っぺたなんですが。と驚いて両手でくちびるを押さえたら
「ついでに頬っぺたにもしとく?」
「いいです、遠慮しとき…」
否定の言葉の途中で、しっかり両頬にもやさしいやつをひとつずつ頂戴しました。この子、絶対私より慣れてる。くやしい。
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【case05.桃城 武】
「今日は、帰りにハンバーガーおごるよ」と言ったら、あからさまに桃城くんは残念そうな顔をした。
「やっぱり、チョコレートの方が良かった?」
「そ、そんなんじゃねーな、そんなんじゃねーよ」
分かりやすくてかわいい桃城くんに「嘘」と呟いて。机の下、そっと手作りのチョコを渡す。とたんにキラキラ瞳を輝かせた彼は、ガタッと椅子を揺らして立ち上がる。そうなるんじゃないか、とは思ってたけど。
「こらー桃城、ところ構わず抱きつくな、授業中!」
先生に怒られました。皆には笑われました。でも桃城くんが幸せそうなので、私も幸せです、まる。
バカップルってきっとこれ。
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【case06.大石秀一郎】
「大石くん、これ」
「分かった。預かるよ」
「え?あの…」
「英二には間違いなく渡しておくから心配しないで」
爽やかな笑顔を残して大石くんは私に背を向ける。
さっきの一言もあんなに勇気を振り絞ってやっと発したものだったのに、その背中をふたたび呼び止める勇気は私にはなかった。泣きそうだった。
∽
ずっと好きだった彼女から、英二宛のチョコレートを託されたとき、世界が真っ暗になった気がした。そのあとマトモに返事を出来たのかすら定かでないまま、慌てて教室を飛び出して英二に泣きつきにきた。勿論チョコレートはちゃんと渡した。
だって好きな子には幸せになって欲しいじゃないか。
「ちゃんと食べてやってくれよ」
「でも大石、これさー」
「俺はいいんだ、もう」
「じゃなくて………大石宛の手紙入ってるよん」
うそだろ!?
走って、走って、全速力で教室へ戻ると、いまにも泣き崩れそうな彼女を後ろからそっと抱き締めた。
「大石ってば、案外ダイターン」