にたものどうし

 ふたりの間にはたまたま彼と同じクラスに私の弟がいる、というくらいの接点しかみつからなくて。夕暮れのオレンジに染まった図書館のカウンターを挟んで、財前くんと私は、さっきから探り探りの会話を続けていた。

「趣味は?」
「テニス」
「特技は?」

 探りたいと思うのはなぜか、って。それは問うまでもなく。つまり、そういうこと。
 ふたりの間に横たわるカウンターが、そのまんま私と彼のいまの距離だ。

「テニス」
「いま一番悩んでることって、なに」
「それも、」
「テニス?」

 閉館間際のこの場所には、私たち以外に誰もいないけれど、なんとなく普通に喋るのは憚られるから声をひそめる。

「…そうですね」
「テニス一色って感じだね」
「おもんない答えですんません」
「いえいえ」

 一方的に質問を続ける私と、何を聞いても同じ回答しか返さない財前くん。なんなんだろうこの不毛なやり取り。潜めた声を聞きもらさないように頭と頭をくっ付けあっているのでなければ、おそろしくよそよそしい。

「先輩いっつもそんなんすか」
「そんなん、て何?」
「他人から情報仕入れるばっかりで、自分のことは明かさへん感じ」
「そんなつもりないけど」
「なんか狡いっすわ」

 ポーカーフェイスのままでそんな鋭い台詞を吐く財前くんの方が、私より余程狡いと思った。

「べつに知りたくないでしょ」
「勝手に決めんとってください」
「知りたいの?」
「そーゆう先輩こそ、あない根掘り葉掘り質問するって…、」

 ちょっと待ってストップ。あかんて。その先は禁句やから続けんとって財前くん。心のなかでの必死の祈りもむなしく、平淡な彼の声が続ける。

「俺のこと、知りたいんすか」
「………。さあ、ね」
「やっぱ先輩、狡いっすわ」
「じゃあ何でも聞いていいよ」

 焦りで跳びはねそうな声を圧し殺している私の動揺が、彼に伝わりませんようにと祈りながら努めて波立たない声を出した。今日はなぜか、祈ってばかりだ。

「趣味は?」
「映画とか読書とか、かな」
「やから図書館の常連なんや」
「そういうこと」

 財前くんが貸出当番の曜日ばかりを選んで図書館に通うのは偶然じゃないけれど。そんな想いは胸のおくに沈めたまま、淡く笑う。なんとか会話が繋がったようだ。

「なんかオススメの映画とかありますか」
「うーん、逆に財前くんは?」
「またや」
「え、」
「せっかく俺が聞き出そうとしとんのにまた主導権握ろうとするし」
「いや、そんな…」
「別にええですけど、」
「一番好きな映画ってなに?」

 アメリ――
 図書館閉館を告げるチャイムに重なって、消えそうな財前くんの声を、耳に刻み付けた。

「私もすき」
「は?」

 意外だ、と思った。だってあの話は、強いてカテゴライズするならばラブコメ。恋愛モノなどまったく興味のなさそうな財前くんの口からまさかそんなタイトルが出てくるなんて。意外。だけど、自分の知っている映画で嬉しい。
 思わぬ共通項に、胸が跳ねている。

「アメリ、私もすき」
「…想像通りっすわ」

 ゆるく持ち上がった財前くんのくちびるに見惚れたまま、彼に見えない所でひそかなガッツポーズを作った。





 この映画を観るのは、もう何度目だろう。その日の晩は帰宅してからずっと、かじりつくように一人で画面に向かった。

「姉ちゃんごはんは?」
「いらない」

 弟の問いかけにそっけなく答えながら、視線を字幕に固定する。財前くんに返した言葉通り、アメリはもともと自分でも好きな映画だ。けどそれが財前くんの好きなものだと思うと今まで以上に真剣に大切に観なければならない気がする。
 財前くんはこれのどこを一番好きな映画にあげるくらい好きなんだろう、導入部の淡々とした語り口だろうか。それとも、ときどき挟まれるブラックな部分だろうか。製作者視点に立ったポップとダークの混在加減、などと彼ならば言うかもしれない。必死こいて集中しつつアメリを観た。一晩で何度も、何度も。だって、好きな人の好きなものを理解したいって思うじゃないですか。
 でも結局特筆すべきポイントがどこだか分かるわけもなく。この映画はやっぱり面白いということと、主人公の彼女みたいな突飛な発想は私にはできそうにない、ということを再認識して朝がくる。

 お陰で寝不足のまま登校したら、朝練帰りの財前くんのアクビ姿に遭遇した。

「おはよう財前くん」
「はよっす」
「ずいぶん眠そう」

 そう言ったら、思いがけずまっすぐな瞳が私を見て。目があって3秒後、すっと視線がずれた。一瞬の眼差しに、どきどきしている。

「誰のせいやと思ってはるんすか」
「え?」
「なんもないですわ」



共通点みつかって嬉しかった、とか一生言うたれへんから。


「財前きのう一晩中映画みてて寝不足なんやて。アメ、なんとか?居眠り連発でいま先生に呼び出されてんねん。アホやろ…」
「どこ?」
「職員室やけど。え、姉ちゃんどないしたん?待てって」

 待たへん!


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2012.08.13
財前くんは彼女ならきっとこういう映画好きなんちゃうかなって多少の計算込みで「アメリ」と答えてればいいな、という希望。
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