お嬢さんお逃げなさんな

 人がものすごく真剣に何かに向き合っていると、ついつい邪魔をしたくなるなんて自分でも悪い癖だなあと思う。だけど、真面目な表情を見ると放っておけないのだ。それはたぶん、予想外の反応に心を揺さぶられるから。
 やたら熱いくせに滅多に怒らない桃城くんの怒りの表情って、貴重だと思うんです。意外性にどきっとする。だから怒らせてみたくなる。

「今日だけは邪魔すんなよ」
「なんで?」
「なんでも!」

 今日中にこのステージ絶対クリアしたいから、と続けて桃城くんはコントローラーに夢中だ。バトルゲームの動きに添ってテレビから漏れ出る電子音が、空間を満たしている。
 彼の背中を見つめたまま、手にした文庫本を握りかえす。視線の先で、すこし焼けた首筋がすんなりと伸びていた。

「誕生日だから?」
「そ、そんなんじゃねえよ」

 気が散るから黙れ!上ずった声で告げると、電子音を発しつづけているテレビ画面に真剣な眼差しを注ぐ。図星だ、と思った。桃城くんは本当にわかりやすい。
 "誕生日にここまでクリアできたら、何かが上手くいく" とかなんとか願掛けでもしているのだろう。ゲームに自分の未来を託すところがかわいい。

「はいはい、分かりました」

 返事をして、テレビ画面をみている彼を、じっと見つめる。穴があくくらいじっくりと。
 眉間にすこしシワが寄って、桃城くんがいつもよりキツい空気をまとう。いい顔。
 画面では、戦闘モード真っ只中のキャラクターがあざやかに回し蹴りを決めた。

「こっち見んな」
「桃城くん自意識過剰」
「うっせ」

 まあ、見てるんだけどね。
 壁を作るように肩を強張らせる姿が可愛くて、ついつい構いたくなる。
 画面に向かう彼の真後ろで、観察を続ける。本を読むのはすきだけど、こういうときの桃城くんを見逃す手はない。本を読むよりずっと面白いから。

「ねえ」
「、ん」
「あのね」

 画面のなかではかなり緊迫した場面が展開していて、声をかけるたび桃城くんの眉間のシワが深くなる。いい顔。苦しげなその顔があまりに魅力的だから、ちょっかいを出し続ける。背中にとん、と本の角を突き当てた。

「なんだよ」
「なんでもない」

 す、と身体をずらして彼が本を避ける。だから今度は、うなじの生え際にそっと息を吹きかけてみた。真っ黒な髪が、きれいに生え揃っている。そんな些細なパーツが文句のつけようもなく端正だよなあ、と思いながら。

「あ……」

 桃城くんの気の抜けた声と一緒に、画面からゲームオーバーの寂しいメロディが流れた。ちょうどそのとき、私は形良い耳たぶを観察中。

「あーー」
「あらら」
「……クリア出来なかったじゃねえか」
「願かけ、失敗だね」

 背中に向かってふっ、と笑ったら、急に彼が勢いよくこっちを振り返った。
 きっと、怒られる。

「お前なんでそれ」
「勘、みたいな」
「……っ」

 桃城くんの目が、珍しく釣り上がっている。やっぱり、怒られる。
 怒っている彼の顔は好きだけど、怒られるのは苦手。そう思ってあわてて逃げようとしたら、おそるべき素早さで腰に手を回される。ぐい、と引っ張られてむりやり横に座らされた。手から文庫本がすべり落ちる。ぱさ、と無機質な音をたててフローリングにぶつかったページは閉じた。

「え」

 読みかけのページに指を挟んでいたのに、どこだか分からなくなったじゃない。桃城くんのバカ。

「クソ」

 くそ、って悪態つきたいのは私のほうなのに。桃城くんは目をそらしたまま、腕の力を緩めない。拘束された腰が、ぎゅうぎゅう引き寄せられる。なんなのこれ、なにがしたいの。

「あの、」

 問いかけるように桃城くんを見上げたら、画面を見つめたままの彼はほんのり顔を赤くした。はにかむような、困ったような、何とも言えない表情に、胸が痛くなる。

 その顔、
 すごくすき。

「桃城くん…」
「ばーか」

 顔を背けたままの悪態も、恥ずかしげなふくれっ面も、染まった耳たぶも、全部ぜんぶいとおしいから。
 お誕生日にいっこだけ、お願いきいてあげてもいいよ。


お嬢さんお逃げなさんな
(お前のせいで内容全くわかんねぇし、願かけってお前のことだし。いろいろ読むな。お前は本だけ読んでろ)

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2012.07.23
桃城くんお誕生日おめでとう!うぶな桃城くんかわいいね
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