目を閉じて10数えて

 5月23日。早めに部室行ったら白石が髪にリボンつけてうっすら化粧した姿で、お目めきらきらさせとった。

「なんやそれキモ!」
「謙也ひどいわ」
「白石女装の趣味あったん」
「趣味ちゃうで」
「ほななんやねん、本気か!性転換願望でもあるんか!」

 早口で問いながら、ほんまはコイツが女やったら結構好みのタイプかもしれへんなあ、なんて思う。普段から女子たちに騒がれててもいまいちピンと来てへんかったけど、女装したこのビジュアルはあかん。やばい。ほんまにかわいい。女にしか見えへん。
 けど俺にはちゃんと彼女がおるし、アイツのほうが百万倍かわいいし、めっちゃ惚れとるし、残念ながら白石の余裕負け決定やな。心のなかで呟いていたら、財前がおかしなことを言いだした。

「全部謙也さんのためっすわ」
「は?何で俺に関係あるんかさっぱり分からんっちゅー話や」
「謙也、今日何の日か知っとる?」
「知らん」
「先輩ほんまなんも知りませんね」
「なんも、てことないわ!ちょっとは知っとる」

 こともある、けど。と口ごもったら、財前に鼻で笑われた。

「ちょっとは、って。なんすかそれ」
「うっさいわ!俺は謙虚やねん、謙也の "謙" は謙虚の "謙" やねん」
「ぜんぜんおもろないっすわ」
「別にボケたんちゃうで」
「一生ボケんとってください」
「それは、謙也には無理な相談やわ」

 白石の言葉に「なんでやねん」と食いさがれば、爽やかな笑顔が「謙也は素ボケやから」って淡々と告げる。

「白石うっさい!」
「いまんとこ、お前が一番うるさいで」
「もうええわ。ほんでなんでそんな格好してんねん。今日なんの日やねん。ぜんぜん分からへんっちゅーねん」
「おぼこくてヘタレな謙也さんのために、部長が一肌脱いでくれたんすわ」
「脱いだってください、ゆうたん財前やけどな」

 先輩思いの後輩持ってよかったなあ、て白石はゆうてるけど、自分ら俺いじって面白がっとるだけやん。

「ええですか、今からシミュレーションしたりますからちゃーんと実践に活かしてくださいね」
「したる、てなんやねん。上から目線やめろ」

 また財前に鼻で笑われた。さっぱり要領を得ないまま、これからロールプレイングが始まるらしい。俺は俺役、白石が彼女役。財前は楽しげに「スタート」を告げた。


「なあなあ謙也くぅん、きょうって何の日か知ってる?」

 いきなり白石のオネェ言葉て。なんなんやこれは。新手の苦行か。

「そのキモい喋りかたやめぇ!」
「謙也の彼女、こんな喋りかたちゃうかった?」
「ちゃうわ!もっとハスキーで語尾短い感じや。気分出えへん」
「謙也さん、真面目にやってください」

 せっかく部長が協力してくれてるんすから、ヘタレの謙也さんのために。と続く財前の台詞はますます要領を得ない。

「ヘタレヘタレ言うな」
「合うてますやん」
「ほんま何の日やねん」
「キスの日っすわ」
「へ?」
「キスの日」

 なんでもないことのように告げるコイツは、既に経験済みなのだろうか。俺より年下のくせに腹立つ。

「き、きき…キ、キスぅ!?」
「なにをキイキイ鳴いてはるんすか。動揺しすぎちゃいます?」
「やって、き、キスて」
「どうせ謙也さんのことやから、まだキスもしてへんのでしょ」
「大きなお世話や!」
「したないんすか」
「し、し…したい…けど」
「ほな気を取り直してもうワンテイク行きますよ」

 再度スタートしたロールプレイングは、ワンテイクどころか数十回続いて、頭のなかはキスだらけ。なのに、結局一度もまともに演じることは出来ひんかった。部活より疲れたわ。


「謙也さん、もう無理ちゃいます?」
「予想以上のヘタレやなァ、謙也」
「残念やけどあきらめてください」

 ヘタレすぎますわ。無情な財前の言葉に白石が追い討ちをかける。

「せっかく一肌脱いだけど、そもそも彼女が都合よく質問してくれるかどうか分からんしな」

 ぐったり疲れた心は、その台詞でさらに打ちのめされる。
 ほんまや。彼女が聞いてきてくれへんかったらこの練習も全部無意味っちゅー話や。まともに練習にもなれへんかったけど。

「まあ、せいぜい頑張らはったらええですわ」
「なんやその他人事みたいな言い方」
「他人事っすやん」

 そらそうやな。だいたい俺のキス事情にふたりが口出ししてくんのがおかしい。ほんなら最初から放っといてくれや。ぶつぶつ愚痴りながら、彼女との待ち合わせ場所へ向かった。





「謙也くん今日なんの日か知ってる?」
「…!!?!!」

 まじか。
 きたきたこの質問!信じられへんけどソッコーきたやん。白石、財前、ほんまおおきに!俺、頑張るわ。見ててや!いややっぱ見んといて。

「謙也くん?」
「っ、……き…」

 彼女を見下ろせば、真っ先につややかな唇が目に飛び込んでくるから、ごくり、唾をのむ。きす、したい。彼女もそう思っているのだろうか。

「きょう何の日て、き…き……」
「やっぱり知らないよね」

 知らんことない。知っとる。さっきめちゃ練習したし、聞かれたら「キスの日」て答えて有無を言わさず強引にキスをして「ほんまは早よ こうしてほしかってんやろ」言うとこまでしっかりシナリオ出来てんねん。知っとる。
 けど、俺が反論するより先に彼女がうごいた。
「はいこれ」、と差し出されたのは封筒。これがキスと何の関係あるん。言葉にできひん代わりに文章で伝える、とか、そういうこと?それも賢いやり方やなあ、さすが俺の彼女や。

「なん?」
「ラブレター」
「!!」

 なんでいまラブレター出てくるん、キスの日にはラブレター書く決まりでもあるんやろか。にしても彼女が俺にラブレター書いてくれたやなんて嬉しい。

「5月23日は恋文の日なんだって。せっかくだから謙也くんに書いてきた」
「……」
「ラブレター、いらない?」
「いる!めっちゃいる!」
「めっちゃいるって、1つしかないし」

 そう言って笑う彼女がかわいい。こいつの笑ってる顔ほんまかわいいわ。今日がキスの日でも恋文の日でもどっちでもええ。俺の彼女は世界一かわいい。

「読んでええ?」
「だめ」
「なんで」
「恥ずかしいし」
「恥ずいこと書いてあんねや」
「….…」

 照れ隠しにとがらせたくちびるがかわいい。やっぱり、キス、したい。

「ますます読みたなるやん」
「バカ」
「バカとかヘタレとかきょうも散々や」
「ヘタレとは言ってないけど」
「白石と財前がな今日は "キスの日" やからええチャンスやゆうておもっくそ恥ずいロープレ何回も何回もさせといた末に、俺には無理やとかヘタレとか罵りよるねん。ひどいやろ」
「……」
「白石なんて女装までしててんで、俺らのことやのに気合い入れすぎやっちゅーねん」
「謙也くん」
「ん?」
「ロープレって、何の」
「そんなん決まっとるやん キスの」
「え」
「……あ!」

 頬をほんのり染めた彼女をみて、自分が墓穴を掘ったことに気がついた。俺なにゆうてんねん。アホちゃうか。ぜんぜんカッコつかへんやんけ。なにさらっと漏らしとんねん。あかん、ムードもくそもないわ俺ほんまヘタレ。

「謙也くん」
「ん?」

 自己嫌悪に沈みそうだったのに、彼女が頬を染めたまま「いいよ」なんて言うから。目をうるませて俺を見上げるから。

 ――ドンっ。
 気づいたら、細い背を壁に押しつけてた。


目をじて10数えて
(謙也案外やるやん) (意外っすわ)
- - - - - - - -
20120610
白石と財前は物陰からこっそりみてる。5月23日はキスの日、恋文の日。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -