お戯れの時間です

「ちゃうねん」
「違うって何がだよ、いきなり否定から話を始めようとすんなっつの!侑士のばーか」
「否定から始めんのは関西人の基本中の基本や」

 "女子の脚" 方面に話を振った自分を呪うんやな岳人、と続けながら忍足は口の端を持ち上げた。それから数十分は俺の独擅場。

「くそくそ!降参、もうギブアップだぜ。それ以上語られたら胸やけする」
「甘いな岳人」

 ほんまはまだこんなもんやないで。
 脚フェチのなんたるかについて俺に語らせたら、うんざりされること請け合いである。単純な視覚的魅力から、それを構成する細胞レベルの緻密な神がかり的造形、肌ざわりによって引きずり出される心の奥底にひそんだ何か、脚ひとつが精神の細部にもたらす作用にいたるまで、軽く2、3時間は喋れる自信がある。人間の脚、というより異性の下半身をあのようなものに創りたもうたこの世の創造主に俺は心から感謝している。

「甘くて結構」
「まあ、岳人にはまだ早いっちゅうことやな」
「それ言われるとムカつく!」

 だいたい世の中の皆は、簡単に美脚美脚と言い過ぎではないかと思うのだ。ことさらに「美」を連呼して持ち上げるのは、うつくしいとは何なのか知らない者たちの妄言にほかならない。
 細いだけの脚ならいくらでもある。程よい肉付きと筋肉質すぎないしなやかさ。芯にある骨のラインの絶対的な美しさが透けてみえるような一分の隙もない曲線。それをつつんでいる肌のなめらかさ。絶妙のバランスのそれには、いくら常に審美眼をはたらかせつつ気を張り詰めていてもなかなかお目にかかれないものなのだ。
 なかなか、お目に

「みつけてもた」

 かかれてしまった。
 徒歩数メートル先、神の造形物が生きて動いているのを見て俺は息をのんだ。

「は?」
「岳人 黙って」
「なんだよ急に」

 隣で不審顔をさらしているらしい岳人の声など、いまは世界を構成する塵以下の微音にしか聞こえない。視界を占領する脚のせいで、取るに足りないものになり下がった。

 最初に目がいったのは、膝裏に浮き立つ細い筋だった。
 そこに、ぽつんとひとつあるホクロがまるで「ここを注視せよ!」と誘導するマークのようだと思った。吸い寄せられた。
 色も形もあまりに芸術的で、一度みてしまえば目をはなせなくなった。

「おーい侑士」呼びかけながらひらひら視界を遮る岳人の手を無言で払いのける。あきらめた奴が前方に目をむけて、彼女をみた。「あ、あいつ」いかにも既知の存在を見つけたようなその反応に、嫉妬心に似たものがわきあがる。思わず 見んなや、と言いそうになって口を噤んだ。

「知り合いなん?」
「幼稚舎から一緒」

 幼なじみゆうヤツか、なんやそれ羨ましいな。あの脚がいまのパーフェクトな形に育つ前から岳人はずっと近くで観察してきた言うことやん。狡いわ。

「ええなあ」

 彼女のスカートの裾からハイソの上までのわずか数十センチが、俺の目を釘付けにした。できればもう少し上が見たいと思った。もう少し下が見たいと思った。そのくせ、見えている部分だけをいつまでも堪能し続けていたいと思った。
 とりあえず、脚だけ切り売りしていたらどんな大金を積んででも買いたい。そのくらい理想的な脚だった。

「なに、侑士あいつ気になんの」
「……」

 息を止めて見つめていたら呼吸困難になった。苦しい。苦しくなるほどにきれいだ。
 隣で岳人が彼女の名前らしき固有名詞を唱えた。
 くるりと振り返った彼女の膝頭がまたたまらない代物だった。なんだあれは、色白の肌のなかでそこだけがほんのり桃色に染まっている。無駄な肉なんて少しもついていない細さなのにやわらかそうに見えるのはあの肌の色のせいだろうか。

「侑士」
「……」
「侑士、顔赤っ」
「な、なにゆうてんねん」

 それからなりふり構わず岳人に泣きついて、彼女に近づいた。



「なんで脚…」
「俺が脚フェチやから」

 めでたく友達以上恋人未満のポジションを確保した俺は、いま、彼女を口説いて口説き落として、やっとその脚に触れるという機会を手に入れたのである。

「別に私のじゃなくても」
「自分のやないとアカンねん」
「それどう聞いても口説き文句」
「ある意味口説いてるけどな」
「恋愛感情抜き、でね」
「せや」

 出された交換条件は、ひとつだけ。
 その、ある意味口説き文句に聞こえるセリフ達は必ず彼女の耳元で囁くこと。

「それこそ、なんでやねん」
「私が声フェチだから」
「別に俺の声やなくても」
「忍足くんのじゃないとダメ」
「口説かれてる気分になるわ」
「うん、ある意味口説いてる」
「恋愛感情抜きで、やな」
「お互いさま」

 顔を見合せて笑う。

「さっきのセリフ、もう一回お願いします」

 一拍おいて、息を溜める。耳にかかる髪を掻きあげて、くちびるを近づける。

「自分のやないとアカンねん」


「………どうぞ」

 やっと許しの言葉をもらう瞬間、彼女の耳たぶがほんのり染まってるのを見て変に胸がうずいた。

「ほな、さっそく」

 丁寧に、骨の形や細胞のひとつひとつまで撫でるように、そっと、じっくり。まずはまあるい膝のあたまを指先でたどる。触れるか触れないかのかすかな接触だけで、なんでこんなにドキドキすんねやろ。

「擽ったい」
「ほんならやめよか」

 やめる気なんて微塵もないくせにそう言えば、喘ぎ声にも似たちいさな吐息をもらして彼女が首をふる。変わらず耳元で「ええ子」と言ったら、わずかに瞳が潤んだ。

「ほんまに綺麗な脚やな」
「忍足くんは変態ですか」
「変態でもなんでもええわ、他のやつに見せたない。触らせたない」

 指先に力を入れれば、やわらかい肌がそれに沿ってたわむ。てのひらより、少しひくい体温をなぜているとだんだん熱をあげたそこが俺と同じ温度になる。てのひらのなかで肌が潰れる。交ざって溶けたような気持ちになる。ほどけそうな瞳に見あげられて、頭のなかもじわじわと溶けている。彼女は俺の声に酔っているだけ、俺は彼女の脚に酔っているだけ。それだけの関係だ。

「脚しかみてないし」
「脚だけでも堪能すんのにめっちゃ時間かかんねんで」
「脚だけでも、というより、脚だけしかだよね」
「なん?他のとこも堪能されたいん」

 耳元で低く紡げば「違います」ときっぱり言いながら、彼女の瞳が一度ゆれた。そのまま瞑られたまぶたの奥で、きっと彼女は俺の声を堪能しているのだろう。半開きのくちびるからもれる息が、うっとりとあまい。

 次に目を開いたときには、また彼女の瞳につよい色が戻っていた。いま私が友人としてはものすごくぎりぎりの譲歩をして脚を触らせてあげているのだと言うことを忘れないで、と彼女の目が訴える。そんなん最初からわかっとる。

「もはや病的だよ」
「褒めてくれてありがとうさん」
「褒めてないけど。人の恍惚とした表情というのはこういうものか、と改めて思っているところ」
「俺、どんな顔しとる」
「頬をわずかに紅潮させて、瞳は獲物に向き合った獣みたいにぎらぎらしてるのに、口元はだらしなくゆるんでる。鼻息が荒いせいか、吐息のせいか、眼鏡のレンズがちょっと曇ってて。なのにトータルでは、この上なく幸せそうなイケメン」
「変態やん」

 だからそう言ってるでしょうと呟きながら彼女がふわっと笑った。
 どないしよう。いますぐここで押し倒したいって思ってしもたんやけど、この感情はなんなんや。脚に酔ってるせいなんか。
 落ち着け俺、と言い聞かせて心の奥底を分析する。
 ほんとうは今すぐ靴を脱がせたい。靴だけではなくて靴下とかタイツとか足を覆うものすべてとりさりたい。取り去って生で堪能したい。今日はニーハイの彼女のその薄い布地をむしり取ってなでまわしたい。くるぶしの骨の形を堪能したい、足の指の爪ひとつひとつにまでくちづけたい。あくまでもこれは、脚フェチの延長上にある欲望であって、押し倒したいと思ったのも、そういう行為を行う前提で湧き出してきた感情のはずだ。

「いつか、くるぶしとか脚の甲も見せてな」
「それは脱げって言ってるの」
「そない露骨に言われたら立つ瀬ないわ」

 喋りながら、膝下までたくしおろしたニーハイのラインを辿る。するっと膝裏に手を差し入れて、見えないほくろの位置を執拗に撫でれば彼女は擽ったそうに身を捩る。ほくろが見えた。

「もともとこんなお願いしてくる時点で、忍足くんの立つ瀬なんてなくなってると思うけど」
「それもせやな」
「今更、でしょう」

 彼女と親しくなってから、頼みこんで彼女には出来る限りニーハイを着用して貰うことにしている。なぜかといえば、俺が最初に心臓をわしづかまれたあの膝裏の神がかり的造形を誰にも気づかせないためだ。それでもせめて、スカートから膝上までの絶対領域くらいは常に堪能したいという微妙な男心の結果がミニスカ+ニーハイの強要である。

「きっとくるぶしも堪らん形してんねやろな」
「忍足くんって、何というかアンバランスだよね」
「どういう意味や」
「黙ってたらただのイケメンなのに」
「こんなん見せてんの、自分にだけやで」
「それも殺し文句」
「もっかい言おか」
「…お願いします」

 布の上からなぞるくるぶしの骨の形がうつくしい。アキレス腱の頼りなさに噛み付きたいと思った。

「自分にだけやで」
「……ん」

 ちいさく言った彼女は、また眼を閉じる。ほんのり染まった表情のその内側で、きっと彼女はまた声を堪能しているのだろう。表情がやわらかくゆるんでいる。かわいい。
 膝裏をすこし持ち上げたら、カタン、と小さな音を立ててローファーが脱げた。布越しでもわかる足の甲の薄っぺらさがたまらない。その脚でピンヒールとか履いてほしい。
 するすると腕をのばして、執拗につま先をなぞる。布の内側で、細い指がかすかにふるえた。心臓がぐっと詰まった。

「そんなに見たいんだったら必死でお願いでもしてみれば」
「耳元で?」
「そう、耳元で」


(ぜんぶ 俺のもんになって)

 
お戯れの時間です
こんな子に惚れたら大変やでと思うころには もう惚れてた。


2012.02.27
脚フェチ×声フェチのひめごと
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