指定席は君の、

「よし。この勝負に勝ったらあんたの望みなんでも叶えてあげるからまずは望みを言いなさい」なんて親友にヘンな勝負を持ち掛けられたのは、無理やり想い人を白状させられたその直後。
 よし、ってなんなの。よし、って。まさか彼女に叶えられるはずもないと思いつつ「桃城くんの自転車の後ろに乗りたい」と答えたのはたしかに私。私だけど、まさかそれが本当に叶うなんて本気で信じていた訳じゃない。
 むしろ純真な乙女心を蹂躙して無理やり好きな人を白状させられた仕返しに、彼女にはとうてい叶えられそうにない難題を押し付けて思いきり困らせてやろう、くらいに思っていた。私その手のガールズトーク嫌いだし。

 かくして、勝負は私の勝ち(どんな勝負なのかは想像にお任せします)。
 ざまあみろ困ればいいんだよたまにはあんたも。腕を組んでどや顔で見下ろしつつ「無理ですできません」と、詫びが入るのを待っていたというのに。

「任せといて!」
「え、ええ!?」
「ここにいてよ」
「ま、待て待て」

 正反対の捨て台詞を残して教室を飛び出していく親友の背中に、情けない声で呼びかけた。彼女は当然ながらスルーでした、と。
 どうせはったり噛まして逃げ出しただけでしょ。まったくあの子も仕方ないなあ、素直に謝るのホント苦手なんだから。今回はカフェラテ一杯で大目にみてあげる。私優しいし。
 ぶつぶつ呟きながら鞄に荷物をしまい終えたころ、後ろからポン、と肩を叩かれた。

「無理なら最初から無理って言えばいい…の、に」
「無理ってなんだよ」

 てっきり彼女が戻ってきたのだと思って油断していたら、彼女の声とはとても思えない低い声が間近で聞こえて。おそるおそる振り返れば、学ラン姿の桃城くんが立っていた。
 わ!なんで、どうして桃城クンが今ここにいるの彼女はどこにいったのえええええ…帰って来い親友私をひとりに…というか桃城くんとふたりにするなバカ。

「も、もっもももももしろく…」
「“も”多すぎだし」

 心臓、半分くらい飛び出したんじゃないかな。と思うような声が出た。

「ああうわああああ゙あ゙ごめん」
「落ち込みすぎだし。まあ、とりあえず落ち着け。な?」

 そう言ってぽんぽんと頭をなでながら、桃城くんが笑う。だめだ、眩しい。爽やか笑顔が眩しすぎて直視できないよ。この人太陽だ!目がくらんで何も見えません。

「ありがと。桃、城くん」
「言えたじゃん」

 眼球の後ろに特殊光線でも仕込んでるんじゃないのと思えるほどのきらきらした眼を見てたら涙でてきた。胸がきゅうっと詰まる。肺が狭まって息をすえない。

「うん。桃、城、くん」
「まだちょっとぎこちねえけど」
「ご、ごめんなさいですもももももももももしろくん」
「わざとかよ」
「か、噛んだ」
「嘘つけ」

 相変わらず眩しい笑顔でガシュガシュと髪の毛を撫でまわされて、いっそう胸がきゅうきゅうと搾られる。見えないてのひらで心臓を握りつぶされそうなのに、撫でられている頭にも心臓があるみたいに、触れられた部分がどくどくと脈打っている。

「嘘じゃないれす」
「マジか」

 ああ桃城くん、ホントあなたのその顔眩しいです好きだ好きです大好きです。なんかちょっと私もうダメだじっとしてられない。

「は、走ってくる!」
「は?」
「なんかもうだめだ 走ってくるよ私 グラウンド50周くらいしてくる 止めないで もももしろくん」
「だから、“も”多いって」

 ガタンと勢いよく音をたてて立ち上がったら、腕を掴まれた。
 ダメなんだってほんと、このままだとなんかアドレナリンとかドーパミンとかよく分からない神経物質とかが耳から流れ出しそうというか口からなんか出てきそうというか、走って昇華しないと私が爆発する。
 掴まれた腕をふりきって教室から飛び出そうとしたら、恐るべき反射神経で桃城くんは私の前に立った。教室の入り口をふさがれて、出るに出られない。

「なんで」
「俺のチャリの後ろ、乗りてーんだろ?違うの?」
「いや、そういう“なんで”じゃなくて」

 まっすぐ私を見つめる目が、つよい。はなせない眼差し。逃げ出せない目。

「理由、知りてえ?」
「うん」
「じゃあ、そばにきて」

 急に低くなった声にどきどきした。
 耳打ちでもされるのかと、言われたとおりに一歩近づけば、「もっと近くに来いって」そう言いながら、ふたたび捕えられた腕を強く引かれる。
 もっと近くって、これ以上近づけないでしょう。桃城くんにぶつかるし。ぶつかったら私ほんとに爆発するし。もう無理。抗議するつもりで斜め上の爽やか笑顔を見上げたら、私と目があった瞬間にきれいな形の瞳がすうっと細くなって。いつになく真面目な顔の桃城くんはものすごく貴重な気がして、しっかりこの目に焼き付けておこうと食い入るように見つめる。
 腕を掴んでいた大きな掌がするすると滑って肩を掴むから、ますます逃げられなくなる。

 どうしようこの空気、と思ったまさにそのとき。
 不意打ちで頬っぺたに柔らかいものが触れて、すぐにはなれた。

「な!なに!?」
「チュウ?」
「もも、ももも…も」

 ちゅ、ちゅーってなんでいまここで私にする?だって桃城くんはあれでしょう?勝ち気で生意気な子が好きなんでしょう?クラスの中でも目立たない地味系女子の私なのに、そんな。まさか。そんなことをされると都合のいい勘違いしそうになるじゃないかバカ。

「まだ、理由分かんねえの?そりゃいけねーな、いけねーよ」

 からかうようなその口調には似合わない真剣な目をされたら、勘違いを肯定された気になるじゃないか。間違ってたら、地の底まで落ち込むだけなのに。きっと優しい桃城くんはクラスメート女子のバカな遊びに付き合ってくれてるだけなのに。だって桃城くんの自転車の後部座席は、越前くんの指定席なのに。


「これで、分かれ」

 今度はなにかがくちびるを掠めて、またすぐにはなれた。
 硬直。

「……」
「……」 
「か、帰るか。そろそろ」
「う…うん」

 俯いた顎を持ちあげる指が意外に熱っぽかったことも、一瞬だけふれたくちびるがかすかに震えていたことも、いま繋いでいるてのひらがしっとり汗ばんでいることも、ぜんぶ、全部私の都合のいい勘違いなんでしょう?ねえ、桃城くん。


指定席はの、
本当は毎日でも2ケツしたい、とか。
(言えねーな、言えねーよ)
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