お前バカじゃねえの?

「お前が言ったんじゃねぇか」
「何を…?」

ガン、と勢い良く壁に押し付けられた背中が鈍い痛みを訴える。涙目のまま総悟の顔を見上げれば、おそろしく整った顔がニヤリ、歪んだ。
いつも「アンタ」呼びの総悟が私を「お前」と呼ぶ時は大抵何か私にとって好ましくないことがある時。人称は彼の加虐心のバロメータなのだ。

「今更とぼけても無駄ですぜィ」
「……え」
「アンタはいつも言ってたじゃねぇか。狡い男が好きだって。不可解な男が好きだって」

たしかに言った。言ったけれど、それとこれとはまた別の話で。浮気し放題、女を泣かせ放題のとばっちりを受けたいという意味では決してない。嫉妬には縁がないけれど、巻き添えを食うのは真っ平ごめんだ。

「でも、」

先程私に向かって涙目で噛み付いてきた可愛い女の子の顔がちらついて、どうしても素直に引き下がれずに食い下がる。あれから彼女を宥めてすかして何とか落ち着かせるのに私がどれだけの労力を払ったのか、総悟は分かっているのだろうか。面倒臭いことこの上ない。遊ぶならもっと相手を選べばいいのに。

「アンタが狡い男を好きだって言うから、俺は…」

彼の呼びかたが「アンタ」に戻ったことに少し気を緩めた瞬間、私は何故か背中をつめたい畳に押し当てた姿勢に反転して、嘘みたいな力でぎゅうぎゅう床に縫い付けられていた。

「総…ご……ちょっ!」
「だから俺はアンタの望みを叶えようとしただけなんでさァ」
「なに、それ」

そんな自分勝手で目茶苦茶な理屈が通る訳ないじゃない。第一その種の狡さは私の望んでいる狡さじゃないし。勘違いも甚だしい。

「あの、ね」
「文句なんて一切聞いてやらねぇ」
「文句じゃなくて、話。話しよう」

ね?と、相槌を促しながらさらさらの髪を梳けば、毛を逆立てた猫のように尖っていた総悟の表情がほんの少しだけやわらいで。耳元で予想外に頼りない声が響いた。

「………たまには、」

そう言って顔を背けた総悟の耳たぶが仄かに朱に染まる。相変わらず柔らかい髪を指先で弄びつつ私の心は、もうすっかり凪いでいた。

「たまには、なに?」
「チッ!何でもねェよ」
「私に妬いて欲しかった、とか」
「煩せェ。黙れこの阿婆擦れ!」

図星をさされて照れ隠しにぎりぎりと身体が軋むほど抱きしめるとか、熱を持っているのが分かるほど耳を染めるとか。全くこの男は。
こうやって不意に可愛い所を見せられるから敵わない、何でも許してあげたくなるじゃないか。狡い奴。


「はいはい、ごめんなさい」

小さくそう漏らして微笑むと、真っ赤な耳たぶをそっと噛んだ。


お前バカじゃねえの?
呪うんならこういう捻くれた男に惚れちまった自分を呪え。
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2010.11.18
妬いて欲しいときだってある
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