思い違いの効用

「ご存知ですか。チラリズムというものはですね、滅多に見えない、あるいは見せない部分が100回に1回ぐらいの確率で見えるからこそ意味があるのです。普段から丸見せではまったく意味がありませぬ!」

 え、あ、あの。

「という訳で、私もチラリズム的意味付け強化のために眼鏡を着用してみることにいたしました」

 如何ですか?などと得意げに、大声で東城が口走るものだから開いた口が塞がらなくなった。
 これはアレだろうか「そもそもお前はいつも目ェ閉じたままやないかこの変態糸目野郎!」とか「眼鏡なんて元からすけすけやんけチラリズム意味ないわアホ!」というツッコミを期待しての所業だろうか。
 まさか、ね。
 でも、相手がこの東城だけに大いに有り得る。いかにも有り得そうで盛大に罵声をあびせられたあとの恍惚とした表情まで見える。見えたよ私。
 だからここはあえて、わざとらしいくらいの無反応を通して、がっかりさせてやることにします。そう決めました。神様、私の選択間違ってませんよね。

「へえー…そう」

 間違って、ません よね?

「そうなのです。貴女という人は何にも分かっていらっしゃらない!」
「………」

 間違った、かな。

「よろしいですか。そもそもチラリズムを含めた大半の“エロス”と呼ばれるものはですね、隠すことにこそ本来の意義があるのですぞ。古来より日本にはこの“隠す美”というものが文化として根付いていて、その奥床しいまでの抑制された美的感覚は脈々と現代の日本人の精神の奥底にも息づい」
「ちょ、東城」

 分かった。充分わかったからもう黙ってよ。まだ開きかけるくちびるをてのひらでそっと覆うと、人差し指を自分の口に立てて“静かに”のポーズをする。
 突然の熱いエロス談義はいかにも東城らしくて、面食らったりはしないけれど、私はあくまで常識的人間なのだ。白昼の街のど真ん中、大声でそんな主張を始められてはかなわない。
 とくに今日は、久しぶりに二人揃ってのお休みをいただいて、デートらしきことをしている最中。の、はず、なのに。浮かれていた私の気持ちとは裏腹に、東城はおバカ全開だなんてあんまりじゃないだろうか。
 神様のいじわる。

「なぜ止めるのです」
「止めるでしょ普通」

 案の定まわりの見知らぬ人々は珍しいものでも見物するみたいな視線を私たちに注いでいる。まあ私にとっては珍しくもなんともない日常風景なのだけれど。

「全く仕方のない人だ」
「それはこっちの台詞」
「気まぐれなのですね」

 猫みたいで可愛らしいです。なんてしゃあしゃあと続ける東城に「気まぐれちゃうわ、お前に常識がないだけじゃボケ!」って叫んでやろうかと思ったけど、ぐっと我慢。
 そうです私は常識的人間なのです。
 着物の袖口に隠してぎゅうっと拳を握りしめていたら、まるで聞き分けのない子供をあやすみたいにやさしく頭をなでられてすこし力がぬけた。

「はぁー…」
「ため息をついていては幸せが逃げますぞ」

 よしよし、と今にも口にだしそうな調子で東城は頭をなでている。悔しいなあ。悔しいけれど、それ以上に心地好い。そんな簡単なことで、ちいさな苛立ちなんてどうでもよくなる。

「私、子供じゃないんだけど」
「すみませぬ。つい」

 困ったオトコだ。でも本当に困るのは、こんな困った男を愛おしいと思っている自分のほうだ。

「で?」
「なんでしょうか」
「東城は、そのおかしな代物をつけてくるために今日はわざわざ外で待ち合わせとか言ったの?」

 歩みを進めながら問い掛ける。いつのまにか、当たり前のようにてのひらを包まれていた。東城の手、あたたかい。

「はい」
「一緒のお屋敷に住んでるのに」
「驚かせようと思いまして」

 今日まで貴女にこっそり隠していてすみません。にっこりと擬音が聞こえそうにきれいな笑顔を見せられて、やっぱりどうでもよくなった。だってそれは、東城もこの日を楽しみにしていてくれた、ということだから。

「効果アリのようですね」
「ばか」

 腰を屈め、上目遣いに私を覗きこんだあと、嬉しそうに口角をもちあげる。すこしずれたフレームを繊細そうな指さきがそっと直した。
 その仕草、いい。とても。

「隠していた甲斐がありました」
「……」

 すれ違う女性たちがちらちらとこちらへ視線を投げている。あきらかに先程までの好奇の視線とはちがうそれに、むず痒いものが背を駆けのぼる。
 分かっている。東城は黙っていればとても整った顔立ちをした典型的イケメンなのだ。黙ってさえいれば。世の中の女性たちが一見羨むほどの。
 そんな美形裏切りフェイスの東城に今日はマニア御用達オプションの眼鏡がついている。そうなれば当然、視線を集めないはずがない。

 黙って、いれば。
 黙ってさえいれば、ね。

「私には分かっておりますから」
「なにが」

 首を傾げて斜め上方にある顔を見上げたら、太陽を背にした東城がまた、絵に描いたようにきれいに笑った。
 いつも閉じている、その目をひらいて。

「気まぐれな子猫ちゃんの好物が、ですよ」



思い違いの効用

なんでしたら今すぐ味わってみますか

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2011.12.14
ご休憩にはまだはやいです東城さん。
ついでに「お礼は帰ってゴスロリを着てくださればよろしいですよ」とかリクして盛大になぐられればいいよ。
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