血迷ってみようかダーリン!

含み切れずに滲みだした液体が、じんわりと生地に染みをつくる。赤黒い、しみ。東城の着ているさめた色の着物に音もなく広がってゆく液体を、私は呆然と見詰めていた。
無意識に触れた指がじゅくじゅくと湿った音を立て、くすんだ鈍赤色に染まって行くのが、まるで夢みたいだと思った。悪い、夢だ。きっと。
これは悪夢。

「東城?」
「は、い」

いつになく弱々しい顔を見せた東城の頭を膝の上に抱えながら、私は言葉をなくす。

「東城、大丈夫…」
「では ない、ようです」
「……」
「ので。最期に、ひとつ お願いが」
 
さっきまで、長い髪を振り乱して華麗にたちまわっていたくせに。真剣な表情を見せたかと思えば、すぐにまたいつものバカな調子を取り戻して、冗談だか本気だかわからない台詞で私を笑わせていたくせに。

「最期とか言わないで、東城のバカ」

今度もまた、冗談だと言ってよ。お願いだから。騙されましたね、って笑ってよ。

「泣かないでください」

頬をすべる雫に、東城の指先がふれた。ひんやりとした感触が、胸の奥を締め付ける。こんなことになるのなら、これまでにもっと東城の喜ぶことをしてあげればよかった。もっと、もっと。どんなことでも。

「泣くよ」
「困りましたね」
「私の方が困ってる。困る。東城がいなくなったら私は一体どうすればいいの。どうやって笑えばいいの 困る」

一気に吐き出せば、東城は私の膝に抱かれたまま眦をさげた。やさしい顔。そんな顔を見せられるような余裕なんて本当はないくせに。ひとこと言葉を発するだけで辛いくせに。呼吸が乱れて、声は震えて、意識を保つのすら必死なくせに。
血の染みはだんだん広がっていくし、体温がぐんぐん落ちているし、膝の上で東城の頭がじんわりと重みを増す。そんな時にまで私のことばかり気遣うなんて、万年お笑い要員キャラらしくないよ東城。シリアスクールは東城以外の誰かの専売特許でしょう。

「もう、話す気力が残っていないよう、で」
「だめ!」
「………」
「絶対そんなのだめだから。簡単に消えてしまうなんて許さないんだから」

誕生日と命日が一緒になりましたなんて全然笑えない冗談やめてよ。言葉を続ける声が自分でもびっくりするくらい震えた。
不用意に口走ってしまった「命日」という単語に、現実を思い知らされてどうしたらいいのか分からなくなる。なんであんな言葉を口走ってしまったんだろう私、バカだ。
ばか、ばか、と自分を罵りながら、漏れそうな嗚咽を噛み殺す。口を開けば泣き声しか出なさそうで、泣けばきっと東城は困るから、くちびるを噛み締める。
ふるえる唇に伸びてきた東城の指が予想よりずっと冷たくて、おそろしく優しいから、その頼りない感触がもうすぐ消えてしまう予兆なのかもしれないと思ったら、もっと震えた。
ふるえて回らない舌を、さっきまでどうやって動かしていたのか全然わからなくて。

「そんな顔、しないでください」

無理、と答えられない代わりに頭を振った。
東城なんか知らなくても私は生きていた。そうして今まで生きてきたのに、どうしてあなたを知ってしまってからはあなたを喪うことにこんなにも怯えているんだろう。今までできていた当たり前のことができなくなる。分からなくなる。

「じゃあ、お願い聞いてくれますか」
「なん、で も。聞く」
「いくつ」
「いくつでも、いいよ」

その代わり、生きて。私のそばで生きていて。誕生日に死ぬなんて、絶対許さないんだから。震える涙声でそう言えば、東城の口元が僅かにほころんだ。

「もっと近くで貴女の顔を見せてくれませんか」

言われた通りに東城の頭を抱えあげ、胸にしっかりと抱き直す。私の着物の合わせ目に鼻先を寄せた東城が、すん、と息を吸い込んだ。まるで私の匂いを記憶に刻みつけようとしているみたいだ、と思ったら切なさと愛おしさがこみ上げてまた泣きそうになる。

「笑って」
「笑えないよ」
「では笑わなくてもいいから まず、その指を舐めてみてください」
「指?」
「貴女の指、です」

東城の血がこびりついた自分の指を見つめる。これを、この東城の一部だったものを舐めろということだろうか。消えてしまう前に、自分の存在を私のなかへ取り込んで残して欲しいということだろうか。
それが東城の望みならば、私には断るつもりなどない。赤黒く色付いた指先を唇に近付けたら、弱々しい東城の声。

「出来るだけいやらしそうにお願いします」
「え、」
「お願い、します」

こんな時にもまだ、そういう邪なことを考える余裕があるのかと思えば、それがまだ東城の生きている証のようで胸が熱くなる。
舌を差し出して、指先を含めば、鉄錆の味……にはほど遠い濃厚なアルコール臭が鼻先をかすめた。

「え、」
「ささ、もっと厭らしく」

促されるまま味わえば、明らかに血液とは異なる風味に頭がぼんやりし始める。

「東城、なに これ」
「貴女は黙って舐めていればいいのです。なんでも、いくつでも私のお願いを聞いてくださるのでしょう?言質はしっかり取りましたぞ」
「いやいや、え…?」

袂からレコーダーらしき小さな機材を取り出した東城の顔が、町娘を欲望の赴くまま好き勝手に蹂躙する悪代官みたいに歪んでいる。さっきまで命の火が消えそうだった人間にはとても見えないその表情に、私は薄々悪い予感を覚えた。

「今日こそは最後まで私の趣味趣向に存分に付き合って貰いますから貴女もそろそろ覚悟なされ」

さっき聞いた消えそうな「最期」と、たった今の横暴な「最後」。
同じ響きのはずなのに、なんて違って聞こえるのだろう。

「東城、騙して…」
「人聞きの悪い。勝手に勘違いをしたのは貴女ではないですか」
「酷い」
「人は他人と交流する際には必ず 作り物の性格 つまりは ペルソナ により、人を欺くことで世間に適応しているのですよ」
「意味が分からない」

これなに。咥えていた指先を東城の目の前に差し出したら、見たこともないくらい妖艶な笑みが降ってきた。

「ワインです。濃縮ワイン、アルコール度数約88%。美味しいでしょう?」
「ワイン?」
「身体中に塗りたくりましたから、掃除のしがいがありますよ。しっかりたっぷり時間をかけて全身の液体をくまなく舐めとってくださいね」

それどんなプレイーー


血迷ってみようかダーリン!

(我ながら最高の誕生日プレゼントを思いついたものです。天才ですかね)
(ばかばか変態。東城なんてしね!)

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2014.01.21
一週間遅れのハッピーバースデー。
1月14日 東城さんお誕生日おめでとうございました!
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