好き、だけで片付けないで

外はこんなに晴れているのになぜ私の心のなかがどんより土砂降り寸前の空みたいに曇っているのかといえば、今年も今日で終わりだというのにまた一年間なんにも特筆すべきことを出来なかった自分の果てしない残念さをかえりみたからでもなく、忘年会続きのせいで内臓の調子がすこぶる悪いからでもなく、ひとえにこの人のせいである。
この人。
目の前でぐうぐうと気持ちよさそうな寝息をひびかせながら惰眠をむさぼり続けている銀髪天パのデカイ物体。

明日こそは大掃除手伝ってね、とのお願いに生返事がかえってきたときからまったく信用はしていなかったけれど、すっきりさっぱり今年の汚れを始末してしまいたい大晦日の午前中、まさに粗大ゴミ然としてこうも堂々と寝転んでいられては邪魔になって仕方がない。
このままいっしょに掃除してやろうかと低く呟いてみたら、まるでタイミングをみはからったように呻きながら寝返りをうつものだから、かけていた掃除機を切って肩をそっとゆすぶってみた。

「銀さん」
「………」
「銀さん邪魔」

案の定返事はない。
銀さんのばか。

わざとらしく「強」にした掃除機を耳元でぶんぶん呻らせても微動だにしないこの人には聴覚というものが欠落しているのだろうか。
いまだったら悪口も罵詈雑言も言いたい放題だけれども、暖簾に腕押しを絵にかいたような無言の物体相手にいくら悪態ついてみたところで面白くもなんともないし胸のつかえなんて少しも晴れないと掃除機の先っぽでふわふわの髪の毛をそっと吸い込んでみた。まだこのほうが少しは面白そうじゃないですか。楽しめそうじゃないですか。
ばーか、ばーか。痛がれ。苦しめ。寝苦しさで変な悪夢みろ。
ぶつぶつと独り言を呟きながら、持ったままの掃除機の柄を空中にむける。
それにしてもこの掃除機、吸引力半端ない。まるで頭から幽体離脱した変わり者の生き霊みたいにそのまま重力に任せて上半身は起き上がるのに、なお、彼の目は閉じている。開いたところで死んだ魚のような眼がそこにあるだけなのだけれど。
絶対いたいはずだろうに、銀さんはかたくなに目を閉じたままである。触覚も欠落しているらしい。いっそそのまま頭皮から髪の毛が全部剥がれ落ちてしまえばいいのに。つるつるになってしまえ。
吸引したままずるずると頭皮を引き摺って窓際まで移動すると、全開にした窓から頭だけを放り出す。さながら干された布団のように。
真冬のあたたかな日差しが瞼にあたって銀色のまつげをきらきらと照らしている。起きない。鏡で集めた日光を両目にがんがんに集めてみたが反応は変わらず。視覚もマヒしているようだ。とりあえず大掃除のつづきをやろう、と気を取り直して掃除機をかけ続ける。
そのあとは、たまりにたまった週刊少年ジャンプの始末が待っている。一年分彼が大事に積み上げてきた紙束を、親の敵みたいにぎゅうぎゅう縛り上げて、こっそりポイしてやるのだ。あとで怒っても知らない。寝てるのが悪い。

ぶつぶつと心で小言をいいながら、あらかたの掃除を済ませて銀さんに目を移す。
窓枠にひっかかって頭さかさまでエビぞりになった激しい姿勢だというのに、あいも変わらず寝息を立てている間抜けな姿をみていたら、なんだかだんだんおかしくなってきた。

「銀さん」

優しく前髪を掻き分けながら、もう一度呼んでみたらやっと反応が返ってくる。北風と太陽の理屈なんだね、最初から力にモノを言わせずに優しくすればよかったのかもしれない。優しくしてあげる義理なんてないけどね。

「銀さん、起きた?」
「ふぁい」

もぞり、と間抜けな身体を捩らせて銀さんが身を起こす。寝ぼけた両目がやっと私を映す。

「寝汗、すごいよ」
「……悪夢みた」
「どんな?」
「好きな子にゴミみたいに扱われる系の悪夢みてた。死にたくなった」
「それ、夢じゃないから」


好き、だけで片付けないで
情けない叫び声もだらしないところも全部ぜんぶ本当は。

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2015.01.21

これも、一昨年の年末書きかけだった雰囲気文章…
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