「る」の音で終わる秘密の

「暫くこういう事は止めにしたいの」

情事を終えた余韻のなか、彼女が言った。感情を押し殺した声で。

は?何言ってんの、お前――

思い詰めた顔で告げる彼女を、呆然と見つめる。そんな顔をしていても、彼女はきれいだ。

あまりに分かり易い言葉の意味を、理解したくないと脳が拒絶しているのか、鼓膜の奥で耳鳴りが始まった。
こんなことは、攘夷戦争の真っ只中以来かもしれない。
あの頃は目の前で繰り広げられる無情な光景を受け入れたくなくて、視覚を遮断するように時折目眩がしたものだったけど、今の感覚はそれと似ている。

結局の所は、全てを受け入れるしかねぇのは分かってて、そのことは痛ぇほど身に染みてんだけどな。

"攘夷戦争"と比較の舞台に上がっているのは、"俺と彼女の愛情"(というよりも、愛情表現)に関する問題、つまりは現在の俺にとっての最重要事項ってやつで。
いまの俺は、彼女のなめらかな肌に触れ、繋がって一緒に揺れながら、愛情を確認する為だけに生きていると言っても過言ではない。

腕を貸していた彼女の肩を抱き寄せて、向き合うように体勢を変えた。
身じろぎで、ごそりと動いた布団の隙間から、ふたりの間に冷たい空気がしのび込む。

「え?何ですかー、なまえちゃん。今なんて言った?銀さん分からなかったんですけどォ」

彼女の言葉も、それが指している意味も、分かっているくせに聞き返したのは、俺なりのささやかな抵抗。
人間諦めが肝心とは言っても、なかなか諦めきれないこともある。

正面から覗き込んだ彼女の顔は、軽く伏せられている。
布団の中で温まった右手をそっと顎にかけて、視線を絡めながら額をこつん。愛おしいその小さな衝撃に胸が締め付けられる。

「銀さん…」

困ったようにしかめた顔が堪らなく色っぽい。

「もう一回、言って」

特に今回の彼女の意見は、すんなり聞き入れる訳にはいかない。
"こういう事を止めにする"、というのが、フィジカルな交わりを指しているのであれば尚更――

「…だから、暫く身体を求めるのは止め……っ!!」

相変わらず視線を反らしたまま残酷な言葉を紡ぐ唇に、噛み付くようなキスをして。
もがく両腕を束ね、頭の上でゆるく押さえ込む。

そんな細い身体で抵抗したって無駄。

「ヤダ…っつったら?」

「そんなの、困る」

困るって、何言ってくれちゃってんのかねぇ…この子は。
お前がそのエゴを通したら、今度は銀さんのほうが滅茶苦茶困るんだけどォ。それ、分かってんの?
俺の生きてる意味の、大半(恐らく9割以上だ)を奪い去る気ですかァ?

「銀さんだって困りますー。何でそんな事言うんだよ。俺の事、嫌いになった?もう触れられんのもイヤとか…」
「違う、よ」

泳ぐ瞳をゆっくりと追いかける。
嫌われちまったのかと思って慌てたじゃねぇか。って、ホッとしてる場合じゃなくて。

「体調でもわりぃのか?」
「それも、違う」

左右に首を振る彼女の髪が首筋を撫でて、ぞくりとするような感覚が少しずつ身体を這いあがってくる。
さっきまで重なっていた肌が、再び熱を帯び始める。

あー……このまま暫くお前を抱けないなんて事になったら、俺マジでやべぇかも。

「んじゃ、何が理由だよ」
「……」

ぐい、と括れた腰を抱き寄せて、肌の接触面積を増やすと、触れた部分からじわじわと愛おしさが溢れた。
軽く噛み締められた唇を、指先でゆっくりとなぞる。
俺を睨み上げる、尖った視線すら可愛くて堪らない。

「言わなきゃ分かんねぇだろ?」
「銀さんこそ、」
 ホントはただ、セックスしたいだけなんじゃないの?

「ばっ……」
「言ってくれなきゃ、私だって分からない!!」

震える声で呟かれる言葉の意味を、のぼせそうな頭で推測する。

もしかして、

身体だけじゃなくて

コトバが欲しいとか、そういう事?



「たまには言ってくれてもいいじゃない。がつがつ求めてばっかりで、銀さんのバカ」
「バッカ!!だってそれは…お前がエロいのがわるいんだろ?」
「…万年発情期?銀さんなんてやっぱり嫌い」
「さっきと言ってること変わってるんですけどォ。いったい俺に何望んでる訳?なまえちゃん、何を言わせたいんですかァ」

いや、お前の言って欲しい言葉なら分かってんだけど。あれ、結構照れるんだよねぇ。マジで言うの、言った方がいい?

言わなくても "心の中ではいつも叫んでます" なんて言い訳は通用しねぇよなァ…。



「鈍過ぎ…この鈍感変態オトコ!!」

キツイ言葉吐き捨てながら、瞳を潤ませられちゃ敵わない。

覚悟、決めるか…。
って、たった一言にそんなに緊張してる俺って、もしかして格好わりぃ?


「なまえ…」

名前を呼ぶだけで、彼女の肩がぴくりと震えて。


「ぎん…とき」

名前を呼ばれたら、腹の底を擽るような感覚に体中が痺れた。



お前がそれで納得するんなら、幾らでも言ってやるよ。
その代り、さっきの言葉はソッコーで却下な。




(なまえ……あいして…る)
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