騙されてなんかやらない
「あーあ、なんでアイツ髪切ったのかな…」
「失恋でもしたんじゃねェですか?」
休み時間の教室で、土方君と沖田君の会話が聞こえて来て、ふと視線を動かした。
髪を切ったというのは、もしかしすると自分のことなのかもしれない。なぜ私のことが彼らの話題にのぼるのか、分からないけど。
たしかに昨日、ばっさり髪を切った。ほかに、うちのクラスで最近髪を切った子はいない。
というか、大きなお世話だよ。別に失恋なんてしてないし。ただの気分転換――季節の変わり目ってのはちょっと気分を変えたくなるじゃない――だから。
「別に彼女、失恋なんてしてないと思いますよ」
山崎君の高過ぎないよく響く声に、胸が跳ねる。
そうだけど、その通りだけど、何で山崎君にはバレてるんだろう。
ね?と同意を求めるさり気ない視線…今、山崎君は確かに私の方を見た。ような気がする。と言うことは、やっぱり会話の内容は私のことなんだ。
「あのサラサラロング、すげェ俺好みだったのに」
「必然的に土方さんは、失恋決定ですねィ」
「それは…俺にも否定出来ないな」
見てしまった…山崎君の爽やかな笑顔が、わずかに歪むトコを。
見て、しまった………(だって彼女が好きなのは俺だもの、って声が聞こえた気がした)。
いやいや私の気のせいなんじゃないかな?だってあんな山崎君、いつもの優しくて爽やかな印象と違い過ぎる。
「沖田、山崎も…テメェら!!黙れ」
「だってホントのことでさァ」
「ヤツ当たりはやめてくださいよー」
やっぱり、山崎君…こっち見てる。な、なに?私の顔に何か付いてるんだろうか。
鞄の中から慌てて鏡を取り出して覗きこむ(…違和感のある付着物は存在しない)。
「俺は、今の髪型の方が好きだなー。短いのすごく似合ってるじゃないですか」
さらりと吐かれる台詞はいつも通り爽やかなのに、不自然に注がれる視線が何故か意味深だ。というか、いま山崎君"好き"って言った?
そんなことを簡単に言うタイプだったっだろうか、山崎君って。私が聞いてるって気付いててワザと言ったんだよね、アレ。
「土方さんも女の髪なんかに執着するなんて、小さい男でさァ」
「っるせーぞ。女はロングに限んだよ」
「ショートも可愛いですって」
だんだん近付いてくる3人から、そっと目を反らす(私の席は教室の入口の近くだ)。
また"可愛い"って言った、私のことだとは限らないけど(どちらかと言えば一般論と取る方が自然だよね?)ドキドキする。
山崎君って地味で目立たないタイプのはずなのに、急に目が離せなくなる。いや、寧ろずっと前から限りなく白い山崎君が好きだったんだけど。
カサリ。すれ違いざまに机に置かれた小さな紙片を呆然と見詰める。一瞬だけ机の上を横切った山崎君の指、キレイだった。
◆
『昼休み、屋上に来て』
書かれた文字は、心を揺さぶる程に整っている。山崎君って、意外に大人びた文字を書くんだね。
誰も居ない屋上で、小さな紙をひらひらと風に弄ぶ。
どういう意味なんだろう、何の為に私はここに呼ばれたの?もしかして、告白…とか。
「君の想像通りの理由だよ」
「……っ!!山崎君?」
不意に耳元に注がれた声で振り向くと、ニヤリ、綺麗な口元が歪む。
「俺たちの会話、聞いてたよねぇ?」
「山崎君、自意識カジョー…」
「は。どっちが過剰?」
動けない…涼しい視線に縫われたように、動けなかった。
「嬉しい…でしょ?」
ホントは俺に、ずっとこうされたかったんだろ?
太陽を浴びた山崎君の顔はとても明るくてやわらかいのに、背筋を冷たい物が走り抜ける。
何で、抱き締められてるのか分からない。反論しなくちゃ。この腕から、早く逃れなくちゃ。
……?
いま、何か唇に
触れ、た――
「ごちそーさまです。後払いでいいよね?」
「……っ!!?」
こどもみたいな無邪気さで、とろけるようなキスをして、私のことを覗き込んでいる山崎君は余裕の表情。
「駄目……。ツケはききません」
何が後払いなのか、何がツケなのか、自分でも分からないのに負けちゃいけない気がして。
でも、キッと睨み上げるのが精いっぱい。だって心臓が苦しい位にバクバクしてる。
「ふ、……やっぱり君は俺の事、楽しませてくれそうだね」
土方さんなんかに渡すのは勿体ないや。
「余計なお喋りは要らない。さっさと…」
ごつん、鈍い音がして。背中を壁に押し付けられて。鋭い双眸には少し驚いた表情の私が映っていた。
山崎君の顎のライン、綺麗――
「もう一度キス…すれば満足?」
「……一度、じゃ足りない」
山崎君の顔が、また妖しく歪む。その顔が私、実は結構好きみたい。もっと踏み込んで欲しくて、ぞくぞくする(けど、そんなに簡単には侵させないから)。
騙されてなんかやらない(狡賢いあなたを好きになるのはとても勇気がいることなのよ!)
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2008.10.14
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