蜂蜜よりも甘い愚考

がらりと開けた扉の向こう、冬独特の匂いがする。これは、灯油の匂い…温められた部屋が放つ幸せの匂いだ。
一瞬だけ片目をジャンプから離して、銀朱とも紅緋ともつかない深い色の瞳が私を捉えた。

「寒かったー。雪がちらついてたよ」

手袋を外した掌を擦り合わせながら、ヒーターへ両手を翳す。
はあ、と吐き出した息は、もう白くはない。

「んー…」

聞いているのかどうか分からない、いつもの銀さんの返事。
すっかり寛いだ空気を纏う彼は、無心で手元の頁を凝視して。ファンヒーターの風がふわふわと銀髪を揺らす。

「神楽ちゃんは、新八くんとこ?」
「……」

ストンと銀さんの隣に腰を下ろしたら、馴染みの匂い。会話なんてなくても、そこに彼がいるだけで口元が緩む。
ふふ、と漏れた声に照れ臭くなって、口元を押さえたら、隣で微かな身動ぎ。

「なーに笑ってんですかァ、なまえちゃんってば」
「何でもない」
「ヤーラシイ事でも考えてんじゃねぇの?この子は…」
「違うよ」

ニヤリ、唇を歪めた銀さんの顔に、視線が釘付けになる。
その目に見つめられると、弱いんだけどな…。思いながら少し目をそらしたら、伸びてきた手に掌を包まれた。

「つめてぇ手」
「ごめ、」
「あ、アレか?早く銀さんに温めて欲しいなとか思ってた?思ってたんだろ?だったらさっさと言えばいいのに」
「……」

違う。けど、違わなくないこともないようなあるような。いやいや、ホントに違うよ。ただ、こんな寒い日に大好きな人と温かい部屋に一緒に居られるってだけで、幸せだなって考えてただけだし。

それだけ、で。


でも銀さんの手、あったかい。

黙っていたら、ぐいと腕を引かれて、すっぽりと銀さんの広い胸に包まれる。
反射的に背中に腕を回すと、低い声が耳元で響いた。

「身体も冷え切ってんじゃねぇか」
「だって、雪が降ってたから」
「マジでか?」
「さっきそう言ったでしょ?銀さん返事してくれたじゃない」

聞いてなかったの?と、問い返したら、もっと強くぎゅっと腕が絡みつく。
苦しい。
けど、幸せ。

「わかった。じゃあ、」
「え?」
「銀さんが特別に、心も身体も熱ィくらいに温めてやるから」

何が「じゃあ」なのか、脈絡も何もない言葉を紡ぎながら、抱き締めた手がするすると上昇して。
ゆるりと触れられる微かな感触が、妙にくすぐったい。

「別に、大丈夫だ、から」
「ダメダメ、冷えは油断できないよー?このままだと風邪ひいちゃうかもしれねぇだろ」
 なまえに風邪なんてひかれたら、銀さん生きていけねぇから。一緒に死んじゃうから。

「風邪位で死ぬわけないでしょ?」
「んなことねぇって、侮れないんだぜ…最近の風邪は。だから、大人しく温められてなさい!」

って、なんて大袈裟な男なんだろう。全く。
小さくため息を吐いて、胸を押しのけようと腕を伸ばしたら、かぷりと首筋に歯を立てられた。

「つっ!!」
「悪ィ、痛かった?」
「ちょっとね」
「何かお前見てると、愛しすぎて、噛み付きたくなんだよねェ」

な!

なんて殺し文句…!!

銀さんは、とぼけたフリをして私の心を溶かす名人だ。
その強引な優しさにはいつも厭味がなくて、ついつい受け入れてしまう。惚れた弱み、ってやつなのかな。

仕方無い。腕に入れていた力を抜いて、大人しく抱き締められてやろうか。

すこしだけ気を許したら、あっという間に羽織っていた厚物は剥ぎ取られて。

「ちょっと、銀さん!?」
「何?」
「何、じゃないよ。あっためてくれるんじゃないの?」

反論している間にも、しゅるり、帯締めは器用に解かれていく。

中途半端に緩んだ合わせ目をぐい、唇で挟んで、ゆっくりと開かれる。
上目遣いに私を見上げる視線は、びっくりするほどに艶っぽい。
遮る布のなくなった肩口、肌に直接触れる空気。ぞくり、背筋が震えた。


「んー?あっためるよォ?これからじっくりな」
「でも、既に寒いんだけど。脱がせるの止め……て、っ!!」

ぺろり、喋っている途中の下唇を舐められて、言葉が止まる。
目の前に差し出された銀さんの舌は、薄い唇の間で濡れて光っていて。

なんなのこれは。
一瞬で頭がフリーズしてしまいそうな位に、色っぽい。

腕にしがみ付いたまま動きを止めた私を、翻弄するような不敵な笑みが見下ろす。

「ぎん…」
「んー?」

いつもの台詞なのに、いつもよりずっと鼻にかかって甘い低音。
その声に、私はいつもヤられる。それを聞かされたら、逃げられない。

首を傾げ、目を細めた綺麗な顔が、触れそうに近い。
小さく震えているのは、肌に触れる室温のせいなのか、それとも銀さんから溢れる艶っぽさのせいなのか、もう分からない。

ちゅっ、小さな音を立てて両頬を啄ばまれる。
やさしい感触。

そっと目を閉じると、唇をやわらかいもので塞がれて。
くっついては離れ、またくっついて。舌先をつつき合い、唾液を絡め、口内がやわやわと溶けていく。
浅くなる呼吸に反比例するように、少しずつ身体は温度を上げる。
背中と額には、うっすらと汗が浮く。

長いながいキスに、息が止まりそう。


力の抜けた身体を這う銀さんの掌の感触に、抵抗することも出来ずに、目を閉じたまま、ただぎゅっとしがみ付く。
温めてあげると言ったのに、身に着けているものを剥がされている矛盾を、受け入れる気になっている私は、愚かだけれど。
その愚かさが、きっと銀さんへの愛情の一部で。

小さなリップノイズを残して はなれていった唇を、追いかけるように銀さんの瞳を見上げたら、にやり、嬉しくて堪らないというような意地悪な笑顔が私を見下ろす。



「ちょっと、温まって来たろ?」
「……」
「な。銀さん、嘘吐かねぇんだよ」
「バカ……」

かぷり。耳たぶを食みながら注がれる声に、頬が熱くなる。
たしかに、身体はもう火照っている。

もしかして、銀さんは最初からそのつもりだった?

「ほら、顔赤くなった」
「……これは、」
「違うとは言わせねぇって」


直接耳に注がれる唾液の音も
布と肌の隙間に滑り込んだ指も
鼻先で揺れている銀髪も
全部ぜんぶ愛おしくて。


なめらかに肌を滑り降りる熱い舌の感触で、心まで溶かされた。




(このままもっと熱くなっちまう?)



2009.01.12
歳上の男に攻められる




drawn by MIU
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