つながり
「ホントにごめんね」
「死にゃあしねェよ、俺ァ。バカ…」
ふるふると小さく震えている肩に手を伸ばして、顔を覗き込む。
なあなあ。俺っていま、すげえカッコイイこと言わなかった?言ったよねえェェ。言った、言った!女だったら誰もが惚れちまいそうなこと言ったはずだ。まあ、お前はもう俺にすっかり惚れてるって、知ってるけどな。
「ぷっ、はは!銀さんってば」
なのに、なんでこんなに笑われてんだァ?もしかしてさっき震えてたのは嬉しいからじゃなくて、笑いをこらえてただけだとか言わないよねえ?お前、ギャグ漫画でも読んでるつもりですかァ。銀さんは至って真面目なんですけどー。
…え、なに?もしかして銀さん空気読めてないとか。KYな感じだったりとかした訳は……ねェよな。マジで怠いこと言ってるオッサンになってるなんて、それじゃ長谷川さん並のマダオじゃねえか。
いや、言ったよ確かに。"街が灰になろうが、俺達ゃ死にゃしねェ"って言ったさ。それってすごいカッコイイ台詞じゃねえかと思うんですけどォ。"全テ灰ニナレ"って長谷川さんの明言はもちろん知ってるけど、それとは全然違うだろうが。被ってんのは"灰"だけだし。
相変わらずぷぷぷと腹を抱えて笑ってるオンナの幸せそうな笑顔を見つめる。
お前のそんな顔を見れんのは、いやな気分じゃないけどねェ。でもここは、銀さんって素敵、きゅん。とかなるとこじゃねェのかよ、コノヤロー!!
「おーい。なまえちゃーん?」
「あ…はは、ごめ」
「何がそんなに楽しいんですかァ」
「だ、だって……"死にゃあしねェ"って、銀さん」
そりゃ死なないでしょう…誰も。
言ったっきり、また笑いの渦に巻き込まれた彼女。明るい陽の差し込む和室は、すぐにしあわせな空気で満たされる。
さっきまで泣き出しそうな顔をして親父さんの腕にしがみついてたのが嘘みたいだ。
人生って面白いモンだと思うのはこんな時。些細なひとことや行動で、置かれた状況や周りの感情ががらりと変わる。それが、だれに言われたことでもなく、自分のなかから湧き出たものならなおさら力を持つのらしい。
現にいまのこの部屋を満たすやわらかい空気は、てめーがこの手で掴んだモンだから。
「そんなに笑われると、銀さん…拗ねちゃいそうなんですけど」
唇を突き出してそっぽを向けば、くしゃりと銀髪を乱されて。笑い過ぎて涙目のお前が、さっきまでとは違う顔で微笑う。
「でも、嬉しかったよ」
「だろォ?銀さんはいっつも本気だから!鬼が来ようが、槍が降ろうが、お前を孤独にはしねェから。そんなんなったら、銀さん生きて行けねェから」
後ろからぎゅうっと抱きしめたら、ふわりと胸が潤む。
だって本気で殺されるかと思ったんだ、箱入娘っつうことは知ってたけどあんなにハコイリとは思ってなくて。お前には分かんねぇかもだけど、親父さんのあの目は鬼よりもずっと怖かった。そんなオトコから、大事なオンナを奪うのはやっぱり命がけだと思う。だから銀さんにしてはかなり頑張ってみたんですけどォ。
お前だって親父さんのあまりの剣幕に、"もういいから逃げて"なんて可愛らしい事言ってたじゃねえか。忘れたんですかー。
「うちのパパは鬼、デスカ」
振り返ったお前の顔は、楽しげに歪んでいて。ちょっとだけ加虐心を刺激された。
いつまでもそんな余裕の表情してられると思うな。ちなみに火をつけたのはお前ですから。
「逃げろなんてもう言わせねーよ」
だから、一人で何もかも背負いこもうなんざすんな。
耳たぶを舐めるように、低い声を注ぐ。どんなに怒ってても、どんなに笑ってても、お前が俺の低い声に弱ェって事実だけは変わりねえ。
「…銀さ ん、やっぱり…大袈裟」
「ふうん、そんなオトコは嫌いなんですかァ?」
嫌いじゃないよねえ、だってほら。いまも小刻みに身体がふるえてる。
つうか、大袈裟でもなんでもなくマジで命の危険を感じたんだよォ。まあ、それとお前を天秤にかければ、思いっきりお前のほうに傾くんだけど。
「違…っ、けど」
「けど…なに?なまえちゃん」
っあ。って、なんだその可愛い声。俺の心臓つぶす気ですかー。なまえって、ホント名前呼ばれんのに弱いのな。
ちょっと待て。もしかして、誰にでもそんな反応見せたりしてねェだろうな。銀さん、こう見えてヤキモチ妬きだから。
「止め…て」
低い声なら誰でもいい、とか思ったりはしてねェだろうけど。長谷川さんの声もカッコイイとか言ってたことを思い出したら、首筋に噛み付きたくなった。そりゃ確かにマダオは、声だけは渋くてカッコイイよォ。けど所詮マダオじゃねえか。
わりぃけど銀さん、嫉妬心を隠したりするつもりねえから、覚悟しろよ。
自分を捨てて潔く奇麗に死ぬより、小汚くても自分らしく生きてく事の方がよっぽど上等だって思ってるから。
なんて、理由だけはすげぇカッコイイけど、結局は醜い欲を隠せねェくらいお前にめろめろだってこと。
「…なまえ」
言えよ。そんなオトコはキライ?
低い声。注ぎ込んだのは片方の耳だというのに、両耳を手で塞ぐ。怯えたウサギみたいな仕草は、わざとか!?竦めた肩が小刻みにふるえるのを見たら、心臓がぎゅうっと締め付けられる。
「その声…反則」
「何がですかァ」
銀さん普通に喋ってるだけだから。いや、いつもよりちょっと低めの声出してるけど。
「甘、すぎ…る」
「でも、好きだろ?」
もう一度耳たぶを撫でるように名前を呼ぶ。声が武器になるなんて、思ったこともなかったけど。彼女にとってはそれが一番有効らしい。
「……」
「好きじゃねェとか言われても、お前はもう銀さんのモンだけどねー」
だってあんなに怖い思いして、お前の親父さんに会いに行ったんだ。それってどういう意味だか、なまえにも分かってんだろ?お前の家はもうあそこじゃなくて、万事屋になったっつうことだよォ。
「私は、物じゃない」
んなこたぁ、知ってる。お前が動かねぇ物体だったら、銀さんはダッチワイフと結婚することになるじゃねえか。反応もなにもない人形抱いて、何が面白ェんだよ。って、そういう意味じゃないのは分かってるけどね。
はくり。耳たぶを口に含む。ふ、と甘い吐息。するすると帯を解けば、真っ白な胸元があらわれる。
「もうっ、銀さん!や、め……っ」
「…なまえ」
抗議の声も、いちど名前を呼べば途端にかすれて。お前から力が抜けていく。俺の腕におちてくる。まるで、蜘蛛が巣から落ちるように。
「昼間、なのに」
「イヤじゃねェだろ」
「…勝手に、決めない で」
ぴく、震えながら唇を噛み締める。掻き抱くように合わせた胸元から、白い肌がこぼれおちる。
昼間の明るい光のなかってのも、妙にエロチシズムを刺激されるもので。恥ずかしそうな表情に、なおさら煽られる。
今まで何度も抱いてきた身体なのに、なんど抱いても新鮮な反応をかえすから。いつまでたっても、離れられない。
「んじゃ、身体に返事聞いてみるわ」
「バカッッ」
詰られようが、罵られようが知ったこっちゃねぇ。心を反映するような身体の疼きに、早く身を任せたかった。
つながりもしかして、これからはアレつけなくていいとか。 ずっと一緒にいるってのは、そういうコトだよねェ…。にやりと笑えば、坂田に名字を変えたオンナが、否定もせずに赤い頬を背けた。
――今日は夜通しで、
歓迎パーチーってな…