人を喰ったかのように笑む

「総悟には敵わないな…」

 くだらない議論の末、風に乗って聞こえて来た小さな言葉に、思わず笑みがこぼれる。
 そんな簡単にアンタに見抜かれるような、単純な精神構造はしていない。特に感情の機微とやらに疎すぎるアンタには、な(真選組隊員の中で俺の気持ちに気付いてねェのは、アンタと近藤さん位だ)。


「アンタみてェな単細胞に、見抜かれたら終わりでさァ」
「その言い方はちょっと酷いよ」

 苦笑交じりで言葉を返す、強気さが愛おしい。女は苛め甲斐のあるのが一番だ。

「じゃあ、他にどんな言い方があるんでィ」
「うーん…」
「ほら、何も出て来ねェんだろ?」
「待ってよ。もう少しで出て来そうなんだけどな…」

 くっ。咽喉の奥からこみ上げる笑いは、悪戯に風に乗って。
 もっと意地の悪い台詞がどんどん浮かんでくるのは、きっとアンタの表情が俺の加虐心を擽るからだ。

「所詮は、大切な時に役に立たない程度の脳味噌って訳でさァ……」
「それ、もっと酷いから」
「ホントのことだろーが」
「良いから、ちょっと黙ってて」

 尖らせた唇を、つい塞ぎたくなるのも、アンタのその必死な声の所為。

「やっぱりアンタは単細胞以外の何物でもねェんだ」

 小首を傾げて、何かを考えている表情はなかなかに賢しくて、正直なところはほんのすこし見惚れてた。



 しばしの沈黙の後。

「総悟、」
「ん?」

 黙り込んでいたアンタは、急に表情を明るくして、俺を睨むように見上げる。
 不敵な表情で微笑んだ顔にどくり、胸が騒ぐ。

 一瞬の光景は、まるでフラッシュを浴びたカメラ前のシーンのように、脳内に深く刻まれて。
 瞬光を放つストロボが、映像をフィルムに焼き付けるみたいに、鮮やかに俺の中で色付く。

「あのね、こう言うのはどうかな?」
「なんでィ」

 いつもより激しい鼓動を、見抜かれないように、眉間と唇に力を入れた。

「恋心が正常な判断力を曇らせるから、ってのは」
「は…!?」
「ほら、私が総悟に惚れてるからって理由ならどう?」
「アンタ、何言ってるんでィ」

 いかにも良い言葉を思い付いたと言わんばかりに、満面の笑みなんて浮かべられると、鼓動はますます早くなる。

「え…分からない?分かりにくいかな?」
 私の中では単純明快なんだけど。

 いやいやいや、分からないとか分かりにくいとかじゃなくて。
 なんでよりによって思いつく理由がそれなんでィ。だからアンタは単細胞だって言うんでさァ。


「ったく…馬鹿…」
「なんで馬鹿なのよ、惚れた弱みって言うじゃない」

 だから。
 臆面もなくそんなこと言うなって。

 しかも、アンタのその顔。どんな風に俺の目に映るか分かってんのか?頬染めて瞳潤ませて、縋るような上目遣いなんてしやがって。今すぐ鏡で見せてやりてェ位でさァ。
 何が目的だ、コノヤロー。俺に何言わせてェんでィ?

「私が総悟に敵わないのは単細胞だからじゃなくて総悟に惚、」
「もう黙りなせィ」

 慌てて掌で口元を塞ぐと、苦しげに眉を顰める表情に煽られて。
 指先に伝わるやわらかい感触に、一層脈動が早まる。

 こんなに俺から余裕を奪っておいて、ただで済むと思わねーでくだせェ。

「そう、ご……?」

 細い顎を掴むと、ニヤリ、口元を歪ませて。

「単細胞は嫌いじゃねェぜ」
「……っ、」

 つんと尖った艶やかな唇をひと舐め。


人を喰ったかのように
笑むお前だから

(惚れた弱みはお互いさまでさァ)
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