いろごと

 強引に手首を引けば、切なげな顔が俺を見上げる。ったく、んな表情見せられたら昼間っからヘンな気分になるじゃねえか。
 銀さん単純なんだから、煽んねえでくれよな。しかも無意識で。

 外が明るいせいなのか、それとも寝起き特有の気怠さのせいなのか。無性に彼女を抱きたくて仕方ない。もしかしたら、さっきまで見ていた変な夢との相乗効果かも。

 胸の中で小さく暴れている彼女が愛おしい。そのうす汚ぇ手で、その女に触んじゃねぇ。 夢の中で彼女は、見知らぬ男に無理矢理手を出されようとしていた。そんな架空のビジョンに、独占欲を煽られた…なんて、勝手な話だけど。

「銀時……何を考えている」
「あー…ヅラ、まだいたの?」
「ヅラではない。か…」
「もうイイって。お疲れ〜」
「はあ?」

 いったい何が起ころうとしているんだろうと、怯えたような彼女の視線。その頼りなさに、なおさらヤられる。

「帰れって言ってんのォ」
「でも、お前やっと起きたばかりではないか。今日は大事な話が」
「俺たちは今からセックスするんですゥ、そっちの方がお前との話よりずっと大事なんですー。だからヅラは邪魔なわけ」
「ちょ、銀さんっ!?」
「銀時!」

 そこで顔を赤らめるところが、何つうかヅラの可愛い所だよな。でも、冗談とかじゃねえから。俺は思いっきり本気ですから。
 もう、その気になっちゃったんだから何言われても無理だし。

 ワザと挑発するように彼女を抱き寄せたら、肌の知覚する感触で体内の熱が上がる。血がふつふつと滾りはじめる。

「分かったら、帰ってくんねえかな。俺もう我慢できねェし…」
「銀時ッ!!昼間から何を猥褻な」
「昼間だろうが何だろうが、ヤりたくなったらヤるのが俺の主義なんだよ」
「なっ!!ヤるって……」
「文句があるならまた明日にでも聞いてやるから、」
 今日は帰れ。

 我ながら滅茶苦茶な理屈だ、とは思う。思うけど、さっきの彼女の切ない顔と、微かに震える声が、俺に火を点けちまったんだから仕方ない。今日はわりぃけど、諦めてくれ。

「銀さん、本気…なの?」
「当たり前だろォ、銀さん嘘なんか言いませんー」

 ヅラに続いて、彼女まで真っ赤になる。恥ずかしそうな姿って、余計にソソられるんだよねェ。知ってた?

「じゃあなー、ヅラ」
「ヅラではないッ。というか、ハレンチだぞ銀時!」
「何とでも言えよ」

 赤面したままのヅラを放置して、さっさとふたりで隣室へ移動した。


 ◆


「で、さっきは何であんなこと言ったんだ?銀さんちょっと傷付いたんですけどー」
「え…?」
「ヅラのとこに行けって言ったろ?」
 俺がいなくなっちゃってもイイなんて言うなよなー…。

 ちょっとだけ甘えたような銀さんの声が、頭のてっぺんから降り注ぐ。立ったまま抱き締められた姿勢で、背中には厚い胸板の感触。

「銀さんの生きる世界は、ここじゃないのかも…って」
「勝手に決めんなよ」
「ごめ、ん」

 謝っても許さねえから。するりと肩口の着物をずらされて、硬い歯が肌を掠める。はがゆい感触に吐息が漏れる。

「しっかり身体で教えてやるよ、銀さんの居場所が此処だってな」

 ちら、と襖の隙間に視線を流せば、赤い顔の桂さんが固まっていた。

「銀さんっ…桂さんが見てるから」
「見せつけてやりゃあイイんだよ。そしたらアイツも諦めんだろ」
「そんな問題じゃなくて、…っ!」

 んー…どんな問題ですかァ。問い掛けながら、はくり、耳たぶを食まれて。大袈裟なほど肩が揺れる。

「ぎ…ん、さ」
「んな声出しちゃうんだ」
「…っ、や……バカ」

 そんな声って、どんな声なんだろう。いつもと何か違う?

「アレか…ヅラに見られて、いつもより興奮してんだろォ?」
「違う…っ」
「お前ってば、羞恥プレイが好みですかァ?やーらしぃ」
 でも銀さんはそーゆう子、大好きなんですけどー。

 反論したいのに、銀さんの声で大好きなんて言われたら何も言えなくなる。
 外はまだ明るいのに、とか、桂さんがすぐ傍にいるのに、とか。そんな抵抗の条件はみんな、逆に体内の熱を上げて行く気がした。

「ダ メ…、ぎん……さっ」
「ダメとか言われると、余計燃えるんだよねー」
 つうか、その声はヤバイって。

 ぺろり。首筋を舐められたら、身体から力が抜ける。腰に回った手でぐいと引き寄せられて、余りの圧迫感に胸がぎゅっと詰まる。
 視界の端に映る桂さんの姿が、ぼんやりと滲んでいるのは、涙が浮かんでいるからだろうか。

「ぎん……とき」

 浅くなった呼吸のまま名前を呼べば、愛おしさの波に飲まれそう。いつもよりずっと甘い声が私の名を呼んで、その響きで全身が毛羽立つ。
 は、あ、やけに艶めいた声を漏らす自分の喉。どうしよう、桂さんにも聞かれてしまう。制御しなくちゃと思うのに、銀さんが名前を呼ぶたびに勝手に吐息がこぼれ落ちる。

「すっげえ、可愛い声…」
「っぁ…銀 と…き」

 がくりと崩れ落ちる寸前で、身体が反転して。声だけで私をこんな風にするなんて、銀さんは狡い。
 必死で太い首にしがみついたら、見下ろす切なげな目。朱い色に見惚れて動けない。

「ぎ…んと……き」

 嗄れた声でもう一度名前を呼んだ瞬間、貪るように唇を塞がれた。


「ったく、ヅラ。いつまで見てんだよ」
 さっさと帰れっつうの。覗きの趣味でもあるんですかー?

「何を言う、銀時ッ!?」
 俺はハレンチな行為を止めようと思っていただけだ。

「へぇー…。鼻血出しながら言われても説得力ねえんだけど」
「…、ぶっ!!」
「一昨日来やがれ」


 バタバタと桂さんの出ていく気配に、ホッと息をつく。
 きっと今までの行為は、彼を追い出すための作戦だったんでしょう?

「良かったね、銀さん」
「なーに安心しちゃってんのォ、お前」
「え…だって、桂さんを追い返したかったんでしょう?」
「ああ」
「じゃあ」
「お前のそんな声、勿体ねえから聞かせらんねェしな」

 鮮やかに歪む顔の艶っぽさに、どくり。胸が跳ねる。

「まだ銀さんのこと分かってないんですか―?」

 正面同士で向き合ったまま抱き寄せる腕は、予想以上に強い。無遠慮な脚が、膝の間を割って。めくれた着物の合わせ目に、熱い指が滑り込む。
 逃れようと身をよじれば、擦り付けられる腰。すっかり臨戦体制の彼が、どくどくと脈打っていた。



これで終われる訳ねえだろ


 銀さんの居場所はお前の中なんだって、嫌になるほどたっぷり刻みつけてやるから。
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