うたたね

 万事屋に流れる空気はいつも緩やかだ。年中春のひだまりみたいに優しくてぬるいのだけれども、今は本当に春で。誰しもが眠くなってしまいそうなお天気。

「……眠ぃんだけどォ」

 くわっ、と音がしそうなほど大きな口を開けて、銀さんが欠伸をする。つられて私まであくびしそうになる。
 脳内に酸素の量が足りなくなると欠伸が出るというけれど、部屋全体の酸素が薄くなっているんだろうか。

「眠くなるお天気だもんね」
「ああ。ちょっと寝ていい?」
「さっき起きたばっかりなのに?」

 仕事のない今日は、お昼になる直前まで銀さんとお布団でごろごろしていた。ついさっき起き出してきて、やっとご飯を食べたばかりだ。

「だって、腹いっぱいになると…なァ」

 言いながらまた欠伸を吐き出した銀さんの目は、既にとろんとしている。本当に、今にも寝てしまいそうだ。

「それは分かるけど…」
「な?だから、ちょっと銀さんに膝貸して」

 どうぞ。と返事をする前に、ふわりと倒れこんでくる身体。開いた窓から入り込む風に、銀さんの髪の香りが混ざると、訳もなく幸せな気持ちになる。
 太陽はあたたかくて、白っぽい光を放つ。何もかもが(銀さんのどうしようもない怠惰ですらも)許されてしまうようなやわらかな光。この季節、やっぱり好きだなあ。
 自分も少しだけ眠たい気がしたけれど、銀さんの寝顔をじっくり堪能するのもいい。滅多にそんな機会はないから。それに、ここで一緒になって寝ちゃったら、人間が腐ってしまう気がする。

「おやすみ、銀さん」
「んー……」

 一瞬で眠りに落ちていく彼は、まるで小さな子供みたいで。
 彼の過去のことは話に聞いて知っている。桂さんによれば「白夜叉」と呼ばれてかなりの剣客だったとか。その名残がいつも腰に身に着けている木刀。
 でも、こうして私の膝の上に頭を乗せている姿を見ていたら、彼が攘夷戦争でそんな風に活躍をした男だってことは想像もつかない。本人が侍だと主張するのを信じるだけ。
 半開きの口、春の風にそよそよとゆらぐ銀髪。だらけた口元からは、今にも涎が落ちそうで、そんな緩んだ銀さんの姿も大好きだけど。もしもその頃の銀さんの姿を見ることがあれば、私はもっと彼に惹かれたんだろう。

 さらさらと銀色の髪を指で梳く。滑らかな指通りが心地いい。くたりと皺になった着流しの裾をちょっとだけ整えて、寝息に合わせてぽんぽんと胸を叩く。
 些細な仕草が堪らなく幸せに思えるのは、相手が銀さんだからだ。

(ホントによく寝るよね…銀さんは)
(…っ、んん)

 ぽつりと独り言を呟いたら、それに応えるように小さな呻き声。
 そんな取るに足りない短い響きにすらも、ぎゅっと心臓を掴まれる気がして。私ってどこまで銀さんの声が好きなんだろう。
 眉間の皺をピンと軽く弾いてみたら、カラカラと玄関引戸の開く間抜けな音が聞こえた。


 ◆


「ホントに銀時は、俺たちと一緒に攘夷活動をする気はないのか?」
「さあ。寝ちゃってますから、聞きようがないですけど」
 多分、まったくその気はないと思いますよ。少なくとも今は。

 桂さんと喋っているといつも思うのだけれど、銀さんは私なんかと一緒にいていい人じゃないのかも。
 確かに常日頃はすごい怠そうで、全然やる気無くって、死んだ魚みたいな目しか見せない彼なのに、時々どきりとするようなことを口走る。それが本気なのかどうかは、その目を見れば一目瞭然ってヤツで。普段からは想像もつかないほどの鋭い視線。まるで獲物に向かう獣の双眸が、ぐさりと心に刺さる感じ。
 本当の銀さんはそっちで、私といるときの彼は仮の姿なんじゃないかと不安になるのだ。

「そうか」
「ええ」

 相槌を返しながら、私はただ自分の傍に銀さんを足止めしておきたいだけで、銀さんの本心とは違うことを伝えているのかもしれない、と思う。そんな我儘な女にはなりたくないのに。

「残念だが…俺は諦めないからな。銀時」
 目を覚ましたら、そう伝えてくれ。

 悔しそうにも見える桂さんの顔を見ているのが辛いのは、きっと後ろめたいから。

「桂さん、お茶如何ですか?」
「ああ。頂こう」

 立ち上がるためにそっと銀さんの頭を持ち上げて。代わりにクッションでも差し込もうかと手を伸ばす。

「これか?」
「ありがとうございます」

 桂さんの手渡してくれたクッションを受け取った瞬間、寝ているはずの銀さんの口が不自然に動いて。きゅっと寄った眉間の皺、切なげな表情はなんだろう。


「そのうす汚ぇ手で、その女に触んじゃねぇ」

 いつもよりずっと低い掠れ声。
 寝言にはちがいないのに。それにしてはやけに明瞭な響きに、部屋の空気が一瞬で固まった。


 ◆


 ぼりぼりと頭を掻きながら起き上がった銀さんからは、いつもの彼の空気。過度に気が抜けている。

「あれぇ、ヅラ…お前何してんのー」
「ヅラではない、桂だ」
「あー…ヅラの声が聞こえてたからだ、変な夢みちまったじゃねぇか。コノヤロー」
「銀さんもお茶、飲む?」

 いや、いちご牛乳頼むわ。予想通りの返事に微笑みを返して立ち上がる。

「で、何の夢を見ていたのだ?」
「イヤーな夢。あの頃のな…」
 ったく、ヅラが来ると碌なことがねえな。なにしに来てんだよ。

「だからヅラではない、かつ…」

 毎回繰り返されるふたりのやり取りに、いつもだったら口元が緩むのだけれど、さっきの銀さんの鋭い声が私に変な思考を注ぎ込む。
 あの頃というのは、攘夷戦争の頃のことだろう。やっぱり銀さんも無意識で闘うことを求めているのかもしれない。彼を不必要に繋ぎ止めているのは、もしかして私?

「お待たせ」

 ことり。音を立ててふたりの前に湯飲みとグラスを置いて。

「銀さん、行ってもいいよ」
「はァ?なんですかー急に」
「桂さんの所」

 笑顔で伝えようとしたのに、勝手に口元が歪んで、声がふるえる。

「バッカ、お前なに言ってんのー?」
 行く訳ねえだろ。

 その台詞に嘘は見えなかった。

「でも……」
「それとも、行ってほしい訳?」

 ニヤニヤと笑いながら私を見つめる顔は、何もかもを見透かしているようで。ちょっと腹が立つけれど、こういう部分に案外銀さんは鋭い。

「そう じゃ、ないけど…」
「だろ?お前、銀さんにベタ惚れだもんなァ」
 つうことだ。ヅラ、諦めろ。

 大きな掌で、わしゃわしゃと髪の毛を乱されて。
 桂さんの目の前なのに、ぎゅうっと痛いほど抱き締められたら、泣きそうになった。



ま、銀さんの方がもっとお前にベタ惚れなんですけどォ

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2009.04.28
WJ読んで銀さんに件の台詞を言わせたかっただけ
いろごと へ続きます
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