はつゆめ

「なんにも見なかった、初夢」

 お正月の朝のありきたりな質問にそう答えたら「夢のねぇ女だな、ほんとにお前は乙女ですかァ?銀さんなんてめちゃめちゃ夢みるからね 毎晩欠かさず3本立てオールナイトシネマ上映スペシャルだからね 羨ましいか」と、怠そうなどや顔で銀さんは言った。
 片方の鼻に指を突っ込んだまま。

「失礼な、私だって朝髪型が決まらなかったら一日中なんとなくもやもやしてしまう程度には乙女だよ!」
「ちょ、なんだよそれもしかして銀さんへの厭味ですか。年中無休で思春期少年のイケナイ妄想並に好き勝手あばれ放題の天然パーマ呪縛に悩まされて髪型なんて一生決まったことがねぇ銀さんはもやもやどころじゃない社会のゴミみたいなもんで、もはや、もやもやもんもんしすぎて笑って生きてくのさえ許されねぇレベルってことですかー。ひでぇよお前それ言い過ぎだよ」

 この人のしゃべくりスキル、ほんと尊敬するなあ。なんでこんなにスラスラと日本語が出てくるんだろう。アホみたいな顔をして鼻くそほじってるけど、実は銀さんってものすごくIQ高いんじゃないだろうか。
 まあ、喋ってる内容はともかく。

「そんなこと誰も言ってないし、鼻ほじるのやめて」
「生理現象なんだから仕方ねえだろ。こういうの一番我慢しちゃいけねぇんだよ。身体の声を無視してたらいつか体内の細胞が結託して反乱おこして大変なことになるよ。お前もやってみ?な」
「無理です」

 たしかにそれはそうかもしれないけれど、こんなにだらし無い格好ばかり晒している彼氏でもやっぱり私は惚れている訳で、そんな惚れた男の目の前で恥部をさらけだすことなどできるわけがない。できません!
 ほら、やっぱり私乙女じゃないか。

「無理すんなって」
「するわ!ばか」
「なんなら銀さんがほじってやろうか?上手にやりますよォ、お嬢さん」

 ばかみたいなことを呟きながら、まだ銀さんは鼻をほじっている。

「ほらほら遠慮すんなー」
「なんで他人に鼻ほじってもらわなきゃならないの銀さんバカじゃないの」

 新年早々鼻をほじるなとかほじってやるとか、とても年頃の男女の会話とは思えない台詞を交わしながら馬鹿笑いをする。これでいいのか私たち。一応恋人同士というやつなんですけど。
 それにしても、面倒臭そうに鼻をほじる姿がなんて板についた男なんだろう。見慣れてくるとだんだん、このアホ面さえ愛おしく見えてくる。死んだ魚のような目すら可愛く見えてくる。
「初めてのほじられ体験させてやろうと思ったのに」と言い募る銀さんを睨みつければ、彼の指はまだ片方のブラックホールのなか。
 どんだけ鼻くそ溜まってるの。なんか悪い病気なんじゃないの。おかげで、なぜ初夢をみるような脳波状態じゃなかったのか思い出しました、私。

「多分、銀さんのせいだ」
「なにが」
「私が初夢みなかったの」
「なにそれ。大好きな銀さんが隣に寝てたからドキドキして落ち着かなくて眠れなかったとか?」

 そう言って、銀さんは眦をさげる。すこし距離が近づいた。

「あながち外れてはいない。かもしれない。銀さんが鼻をほじる頻度とその生態学的・病理学的理由について考えてたらちょっと、眠れなくなって」
「バッカ!違うよ。それ全然違うから。銀さんが言ってるのはもっと、こう、色っぽい意味だから」
「鼻ほじりながらそんなこと言われても説得力ありません」

 伸びてきた腕を、問答無用で払いのける。どうせ肩を抱き寄せるフリして、私に鼻くそくっつける気でしょう。お見通しです。やめてよね。

「でもまあ、銀さんのことで頭がいっぱいいっぱいで眠れなかったせいで初夢みれなかった訳だ」
「……まあ、ね」

 銀さんの期待しているニュアンスとはだいぶ違う気がするけど、と思いつつ首を縦に振った。ら、死んだ魚のような目が、とたんに生き返った。
 え、え?

「仕方ねぇから、」言いながら銀さんは戸惑う私の腕をとる。
 なんだ、この空気。色が変わった。銀さんのくちびるが、不自然に歪んでる。なんかワルイ顔になってる。

「これから、とっておきの甘い白昼夢でもみせてやるよ」
「……!」


(知ってますか。本当に心が動いたときには言葉なんてでてこなくなるんだよ)


「銀さんの腕のなかで、な」
「な!な…!?」
「はいはい 3本立て希望ね。承知いたしましたお嬢さん」

 さっきまでの鼻ほじ男とは別人みたいに生き生きした顔が、私の真上にありました。


はつ
身体の声には素直に従う主義です。
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