とめどない蘇生

 隻眼に包帯、歪んだ唇。無造作にくわえる煙管と派手な着物。いびつな思考。仕上げは胸を刔る毒舌。晋助を形作るすべてのものは、いつも鋭利な刃物のようなきらめきを保っている。

 人は理解の出来ないものに惹かれると言うけれど、私が彼の傍にいる理由が、まさにそう。高杉晋助という男を理解しようなんていうのは、この世の全てを理解するのと同じくらい困難なことだ。
 他の男たちのように甘い言葉を吐くでもなく、分かり易いやさしさなど微塵もない。
 浴びせられる台詞のほとんどは蔑みを含んだ罵倒で、触れるやり方は理不尽以外のなにものでもない。なのに彼から離れられないのは、私が余程の物好きだからか、それとも彼が人間の心理をよく知った上で逆手に取っているのかのどちらかだ、と思う。


「お前みてェな莫迦が、何考えても無駄だろうが」

 面白いことなんてなにもない惰性の日々は、晋助の傍にいることで確かに変わった。名を呼んでも反応のない男に苛々し、時折きまぐれに見せるやわらかさに揺さぶられ、理不尽な命に惑い、奪うように与えられる快楽に溺れる。
 その変化は、あまりに狂暴で。進化なのか退化なのかの判断もつかぬまま、もがいて焦って苦しんで。
 生かされている。
 きっと晋助に会う前の自分は、死んでいたのだ。心を動かされることもなく。起きて寝て、酸素を取り込んでは吐き出して。壊れたカラクリ人形とさして代わりない毎日。それを鮮やかに変えた男。


「脚、開け」

 力の抜けた、でも尖った声が脈絡のない命令を紡げば、拒否することは許されない。私たちの情事はたいていこうして、一方的な命令のカタチで始まる。
 頭蓋骨と脳の隙間に走り抜けるのは、憤りでも寂しさでもなく、ただぞくぞくするような欲望。

 憐れみに似た視線は、羞恥を煽るから、いっそう泡立つ肌をぎゅうっと抱きしめる。俺に命令されて悦ぶなんて、どこまで愚かなんだお前。深い隻眼がそう告げれば、肌のもっと奥で体液がさわぎはじめる。
 ぐい、乱暴なやり方で膝裏を押されると、それだけで吐息がもれる。痛みと期待のいりまじった、熱い息。

「…っ、い」
「お前も、酔狂なヤツだなァ」
「なに が…」

 くく。独特の笑い方が好きだ。自分以外のすべてを馬鹿にしたようなその態度は、本音だか虚勢だか分からないけれど。べつに安易な優しさを望んでいる訳ではないし、困惑させられるのもなぶられるのも、加害者が晋助であるというだけで情事の密度をたかめる一要素になる。
 分かってんだろ。晋助の息が脚のつけ根にかかる。それくらい近くに彼の顔があるということ。じっくり舐めるような視線が、身体の芯に注がれる。見られている意識は、じわじわと私を苛んで、内側がおかしくなって行く。とろり、潤みきった器官が溶けはじめる。

「見られただけでコレかよ」

 再びくつりと低くもれた空気が、粘膜をわざとらしく嬲る。生ぬるい吐息。膝頭を押さえる両腕に体重をかけられて、骨がみしみしと軋む。痛い。
 抗議を込めて覗きこんだら、彼の薄い唇は楽しげに弧を描いている。つね日頃より細いその瞳を、さらに眇めて私を見つめる姿は、正気には見えなかった。

「どんな時でも抵抗しねェのか」
「…だって、」

 抵抗の余地を与えないのは晋助なのに。分かっていて聞くのには、きっとなんの意味もないのだ。私たちのセックスに意味がないのと同じで。狂気の宿るその顔も、結局は私のなかの熱を上げるだけ。
 紡ぎかけた反論の言葉が、彼の加虐心に油を注ぐ。それと知っていて口にするあざとさを、もちろん晋助が見抜いていないはずはなくて。いつも彼の方が何枚も上手だ。

「だって、ねェ。反論するとはイイ度胸じゃねえか」

 私がなにを一番望んでいるのか分かっている彼は、一番嫌がることも知っている。これから私は気が狂いそうなほどに焦らされて、そのあとには息が止まるまで愛されるのだ。
 懇願し、泣き喚き。縋り付く私に注がれるのは、獲物を狩る獣の視線。浴びせられるのは、つめたく冷えた威令のコトバ。

「…逝けよ」
「…っふ、しん…す」

 生死の境をさまようような、おそろしいほどの快楽。その果てで、意識のなくなる寸前にたった一度だけ呼ばれる名前。
 煙管から灰をぽん、と落とすのにも似た無造作な響き。私を社会に位置づけるただの識別記号が、晋助の声で紡がれると途端に色を変える。その音は、体中の骨を全部砕いてしまいそうなほどに優しいから。
 それを聞くためなら、どんな苦しみにも痛みにも耐えられると思った。


とめない
あなたの傍だと息ができる


 意味もなく世界を壊すという男。
 歪んだ思想そのままに、私のことも壊せばいい――
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