吐かれた言葉の嘘と裏

 私と彼のどちらが不埒かというならば、きっと私のほうだ。だって今の私の行動は道理に外れているから。
 望む権利もないものに焦がれるのは愚かしい。そうと知りながら、感情のコントロールが出来ないでいる。

「近藤さんを選んだのは、そういうことじゃねェんですかィ」
「……そう…だね」

 背中を向けて真っ直ぐ立っている総悟の腕に縋る。
 淡い色の髪、すらりと滑らかな線を描く脊椎のカーブ。そういえば、総悟がだらしなく姿勢を崩したところなんて一度も見たことがない。どんな苦境にあっても、しゃんと背筋を伸ばして、不敵に笑うオトコ。それが私の知っている沖田総悟。

「だったら、ベタベタと甘えんのは止めてくだせェ」
「でも…」

 拒絶されることは最初から分かっていた。それでも私には彼のちいさな心の隙間に頼るしか出来なくて。愚かさを上塗りするだけなのに、なおも"でも"なんて食い下がろうとしている。

「意味もなく異性に媚びるヤツは大嫌いでさァ」
「そう…ご」

 予想通りの蔑む言葉に傷付けられても、やっぱり彼は決定的な部分で心をどうしようもなく掬い上げる。
 無意識なんだろうけれど、意識をしていないからこそ、それが彼の真実なのではないかと誤解したくなる。縋り付いた掌を引き剥がすやり方が、あまりにも優しいから。だから諦め切れなくなるというのに。

「さっさと行きなせェ」
「………」
「振り返るんじゃねえ。人生ってのはそういえばモンでさァ」

 そうかも知れない。どんなに理不尽な未来でも、私たちは歩みを止められないし。どんなに幸せな過去でも、時計の針を戻すことはできない。それを悟っているから、彼はいつも凛と姿勢を正して立っていられるのだ、と思った。

 ならば、私は?

 ――過去、現在、未来…。

 絶え間無い時間の流れのなかで、唯一出来ることが現在の自分の在り方を選ぶことだというならば。私は今を変えたい。
 局長との婚約は決して嫌な訳ではない。尊敬もしているし、可愛い所もあるヒトだと思う。ただ、たまたまもっと一緒にいたいと思える人がいただけのこと。
 上からの命令も懇願も、自分の内側から溢れる望みの前では無力だ。流されてそこに留まるのではなく、藻掻いて抵抗して、自らいまを掴みたい。

「……どうしたんでィ、黙りこむなんてアンタらしくもねェ」

 くるり、振り向いた総悟の顔は相変わらず悔しくなるくらいに整っている。性根がどうであるかに関わらず、彼はいつも眼差しにまっすぐな棘を宿していて。風に靡く淡い髪も、すっと通った鼻筋も、なにかの芸術作品のようだ。

「考えてたの」
「考えても無駄でさァ」

 分かっている。総悟に引き止めてほしいと望むのは筋違いだと。横暴で強引な彼だけど、他人の未来を限定してしまう類いの命令はしない。それより前に、自分の未来を誰かに委ねるようなタイプの女は嫌いなはず。
 だから、"どうして引き止めてくれないの"なんて聞けない。まあ、最初からそんな気ないけどね。

「でも、考えたくて。どうしたら総悟と一緒にいられるか」

 完璧なバランスを保つその顔のなかで、形良い口唇だけがいびつに歪む。

「…だったら、考えることなんて何もありやせんぜィ」
 ただ、黙ってそこにいればイイだけじゃねェか。

「…そーご」
「ホントにとことん頭の悪い女でさァ。そんなに馬鹿だとは思いやせんでしたぜィ」

 再び背を向けた彼に、後ろからぎゅうっと抱き着いて、そっと鼻先を擦り付けた。

「こら、くっつくな。ほんとにウザイ女ですねィ」
「やだ」

 彼の為なら幾らでもウザイ女に。どんなに不埒な女にもなってやる――


吐かれた言葉の
それが攻撃性を兼ね備えているからこそ、君の本質はとても優しいと思うのだ。

(近藤さんごめん)
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