闇色

 第一印象は漆黒の闇。吸い込まれそうなほどに深い深い暗黒。直感的なそのイメージは、案外と外れていなかったのではないかと今でも思う。

 宇宙の果てにはブラックホールというものがあって、何でもかんでも吸い込んでしまうらしい。教えてくれたのは坂本で、それを初めて聞いた時に晋助そのものだと思った。夜の闇よりももっと暗い、虚無の穴。


「何考えてんだ」

 背後から低い声が忍び寄る。じわじわと鼓膜の奥をなぶり、頭蓋骨の隙間から侵入して、思考まで絡めとるような響き。だから彼には嘘がつけない。

「夜を、思い出してただけ」
「今が夜なのに、か」

 面白ェ奴だ。くつくつと笑う彼を振り返る。闇に映える派手な染めの着流し、いびつに歪んだ口端。
 なんて、夜の似合う男なんだろう。やっぱり、晋助は闇だ。


 小太郎が清々しい朝、坂本が心のゆるむ昼とするならば、銀時は闇の気配を含んだあたたかい夕暮れ。そして晋助はなにもかもを食い尽くして飲み込んでしまう尖った闇夜だ、と思った。
 夜が私に手を伸ばす。

「いまが夜だからこそ、思い出したくなる…そんなこともあるでしょう」
「ねェな。無駄なことだ」

 考えること、思い出すことで何も変わらないのならば、晋助の言う通り。すべては無駄なのかもしれない。けれどそれでも私たちはこの世に生きている。
 無駄なものだらけのこの世界に。理不尽に腹を焼かれ、焦燥に身を焦がして。望んでいる場所がどこなのかも分からぬまま、藻掻きながら日々を送る。

「お前のそういう馬鹿なところは嫌いじゃねェが」
「私に言わせれば、晋助のほう…が。っ、ん」

 噛み付くように降ってくる唇には、優しさの欠片も見当たらない。注ぎ込まれる唾液は、苦い煙の香り。

「戯れ言はその位にしとけや」

 突然始まるセックスは、抵抗の意志を許さない狂気を孕んでいる。息が止まるほどに唇を塞がれる。押さえ付けられた手首の先では、指先が血の気を失う。
 麻痺した感覚は、痛みを快感と取り違えるらしい。漏れる吐息は甘くかすれはじめているから。


 くくっ。愉しげな晋助の笑い声が、脊椎の中心を這い上がる。ぞわぞわと、理性の芯を蝕むように。
 かり。胸の中心に歯を立てられれば、末梢までふるえが広がって。引き攣れたように腰がよじれる。全身が啜り泣く。


「イイ反応じゃねェか」

 反応を見て攻め方を変えるなどというやさしさは持ち合わせていないくせに。どうされれば女が悦ぶかは知り尽くしている男。

「…しん、す 待っ」
「懇願なんて、無駄…だッ」

 強引に膝を割られ、晋助の重みが胸を押し潰す。有無を言わさず貫かれる。何度も、なんども。

「や……だ、」
「黙って 受け入れれば、」

 乱暴に腰を振る妖しい獣。髪を乱し、じわりと汗を滲ませて。ただ破壊衝動だけに突き動かされるように。

「…っ、ふ」
「イイ……んだ、よッ」

 私の上で暴れる彼が、愛しくて。愛おしくて堪らなくて、その肩をかみ砕きたいと思う。腹の底をもどかしく掻きむしる感情を、表す術が見つからないから。

「…晋、す 」
「全部…無駄 だ。意味なんて、」

 切なげに眉を顰めて、俯瞰する顔。匂い立つような色っぽさに見惚れる。呼吸も四肢もすべて支配される。
 愛おしさの奔流に流され、飲み込まれ、溺れかけたなら、彼の存在すべてをぐちゃぐちゃに噛みちぎって、壊してしまいたいと思う。

 その瞬間、私は悟るのだ。

 世界を"ただ壊すだけ"と豪語するこの男が、言葉の裏側で抱いている想い。きっと誰よりも強く、晋助は世界を愛しているのだ…と。
 想いを持て余し、対象を破壊せずにはいられないほどに。



壊れるまで抱いてやる
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