教育者
国語科準備室には、いつも錆びれた古い空気が流れている。朽ち果てる寸前の木片のような。
受験科目として力を入れられるのは、英語や数学と決まっていて、なぜか国語は虐げられる運命らしい。母国語だというのに。だからこの国はますますいびつに歪んで行くんだ。
――コン、コン…
「はーい」
昼間なのに仄暗いその部屋は、まるで俺みたいだ。明るい銀髪に覆われた脳内では、口に出来ない類の想いがつねに蠢いている。爛れた、薄暗い感情が。
肺に吸い込んだ澱んだ気体をゆっくりと吐き出せば、内側の濁ったものが部屋を満たして。ぽっかりと宇宙に浮いたこの世界が、少しずつ沈んで行く。
「失礼します」
気怠い空気を乱すのは、毎回彼女のたった一言。透き通る声が、空間を浄化する。
「おー。開いてんぞォ」
ひらいた扉の向こう。四角く切り取られた光のなかで、彼女のシルエットが浮かび上がる。ほんのり染まって見える表情。それだけで心臓が煩くなるのは、俺もただの男だってこと。
教師なんてモンを仕事にしてはいるけれど、自分のことを教育者だと思ったことは一度もない(校長や教頭には聞かせらんねえけど)。誰かに何かを教えられるほど、大層な人間じゃねえから。
「また、煙草吸ってるんですか」
「此処でくらい、先生の好きにさせてくれよォ」
「……どこででも、好きにしてるくせに。銀八は」
擦れた台詞に似合わない、幼い頬の膨らみ。ふたつの印象を脳内ですり合わせる行為は、毎回胸の奥をもどかしく掻くような感慨をもたらす。意図的でないからこそ、心を擽るというか。むず痒い。
手の届く所まで近づいた身体を引き寄せて、膝に乗せる。
「んじゃーお言葉に甘えて、好きにさせてもらうわ」
「…そんなこと、言ってない」
あれェ、そうだったー?とぼけて耳元で囁けば、膝の上で軽い身体が暴れた。
「ここ、ガッコーだよ?」
「そんなの知らね」
「銀八……、教師でしょ」
「その教師を、呼び捨てで呼んでるのは誰ですかァ」
そもそも教育という行為自体を信じてもいない。なんて言っちまったら、最初から教師失格だけどな。
でも、自らが他者に物を教えられるなんて思うのは、ただの奢りだと思う。この世にはそんな思い上がった奴が多くて。愚かな信念を、恥ずかしげもなくぶら下げている姿に、ヘドが出そうになる。
そいつらよりは、こうやって欲望に忠実な俺のほうがよっぽどマシじゃねえ?
「教えてほしいことがあって来たのに…こんなんじゃ聞けないでしょ」
「先生には、お前に教えられることなんて何にもねェよ」
保健体育なら得意だけどねー。
「この…セクハラ教師ッ!」
そのセクハラ教師が好きなくせに。くるり。振り向いた顔を覗きこんで、唇を歪めた。
教育者垣根なんて最初からないのと同じ