消えない熱
「隊長?」
いつもは涼しい顔を崩さない彼が、何故かやけにぎらついて見える。
さらさらと淡い色の髪がゆれる。微かに鉄錆びの匂いがした。
無言のままで手首を引かれて、痛みに顔を歪めれば、沖田は嬉しそうに眼を細めている。三日月形に歪む、綺麗な目。
「痛い、です」
「黙ってろィ」
にやり。尚更顔が歪んだ。
そうだった。この人に苦しむ顔を見せてはいけない。まるで、火に油を注ぐようなものだから。
一瞬だけ赤くなった手首に張り付く視線。舐めるように這い上がり、瞳が重なる。薄い色の双眸に見据えられたら、身動きがとれない。いつも。
近づいてくる足音。ドアの外に感じる気配、多分副長だ。
もうすぐ、たぶん扉がひらく。
「総悟」
「何ですかィ」
「交代だ」
「今、取り込み中でさァ」
「はぁ?」
何事もないような声で、返事をしながら。掌は手首から腕へとじわじわ昇ってくる。触れるかふれないかの微かな感触は、肌を泡立たせて。きゅっと耳たぶを抓む。
「バカかオメェ」
張り込みの時間だ、さっさとしろ。
「だから張り込みじゃなくて取り込み中って言ってんだろィ」
「んな我儘が通用すると思ってんのか」
ガタ。音を立てて土方が扉を開こうとした瞬間に、沖田はなめらかな動作で鍵をかける。きれいな指。
ガチャリ。無機質な音が、薄闇に響いた。
「ちょ、バカ。なぁに鍵かけてんだ」
「邪魔なんでさァ」
「はぁぁぁあ?仕事なめてんのか、総悟!」
「なめるんだったら他のモンにしてェですねィ」
「いい加減にしろっつうの、出て来い」
「俺の分は、山崎に任せてありやすから」
さらり。首筋をなでられれば、ちいさく息が漏れた。その反応に気をよくして、尖った舌が鎖骨を撫でる。声が、出そう。
ドアの外には、副長がいるのに。
(隊長、やめてください)
(やめねェ)
(仕事 です)
(さっきまで、散々やってきた)
(でも)
(いいから黙れ。それとも、)
土方コノヤローに声聞かせてやりてェのかィ。
違っ。身を捩り、逃れようとする身体はがんじがらめ。かぷり。耳たぶを食まれて、声が漏れる。強引すぎる。いつも横暴な沖田だけど、今日はいつも以上に。
血の匂いが。きっと彼を昂ぶらせている。
「大人しくしてろィ」
「っ!」
耳元で低く囁かれたら、もうダメだ。鼓膜の薄い部分から身体に沁み込む響き。この声には抵抗の意思なんて溶けてなくなってしまう。
絡みつく腕、息も止まるほどに塞がれる唇。
っあ。掠れた声を鼻に逃がすだけで、精一杯。
「おいっ、総悟?」
「うるせェぞ、土方」
「なっ、ちょ!」
副長の声に心の中だけで謝るけれど、頭の半分はもう霞んでいる。
貪るように何度もなんども唇を吸われて、口の端から零れる唾液を舌で掬われる。呼吸は浅い。下肢からは力が抜けていく。
(たい、ちょ)
(まだ抵抗するつもりですかィ)
しがみつけば沖田を調子に乗せるだけだと分かっているのに、無意識に指先が撓る。沖田の隊服には、ぐちゃりとシワが寄っている。
粘膜のふれあう音が部屋の外まで漏れているんじゃないかと思ったら、なおさら胸が騒いだ。
「迎えにきただろ、あいつ」
「誰ですかィ」
「あいつ、っつったら…真選組の紅一点じゃねえか。どこ行ったんだァ?」
「さあ。知りやせんぜ」
にやり、笑った沖田は首筋に軽く噛みつく。歯痒い刺激。
知らないなんて。私はここにいるのに。
きっ、と睨み上げれば不敵に顔が歪む。そんな表情をしていても、美しいのだからこのオトコは。悔しい。
(今夜はお前が何と言おうと、付き合って貰いやすぜ)
(……人を、)
(ああ。覚悟しろィ)
今日もまた、誰かの命を奪ったのだ。彼は。
そんな夜、愚かな奔流が体内を駆け巡り、どうしようもなくなることがあるらしい。ヒトを殺せば、非日常の感覚が身体を包み込む。血で昂ぶる欲。ひとりではしずめられない欲。
私にはその気持ちは分からないけれど、沖田がそう言うのだからそうなのだろう。横暴で身勝手で我儘だけれど、嘘はつかないオトコだから。
するすると髪の隙間に差し込まれた指はつめたい。皮膚を撫でて、髪を強く掴まれて後ろへ引かれた。仰け反る首筋。
「イタっ」
「だまれ。お前だって、こうされたかったくせに」
痛くしたかと思えば、限りなく優しく髪を梳く指。絡め取られた髪の先に、キス。これだから、このオトコは狡い。
顰めた眉、額にふれる薄い唇。
頬をすべり、首筋をなでおろす舌先。上目遣いにみあげる意地悪そうな目。やっぱり綺麗だ。隊長は、狡い。ずるい。
「おい、総悟。もしかして、一緒に…」
「とにかく、今夜は山崎に任せてありやすから」
さっさとどっか消えてくだせィ。
唾液が絡まる。荒い吐息が滲む。意識が遠のいて行く。とろとろと。
「っ、たい…ちょ」
執拗な舌遣いに、息があがる。これでは、本当に土方に気付かれてしまうじゃないか。
でも。
巻き込まれてしまいたい、このまま。沖田の荒ぶる奔流に。
他人に干渉され、自分の世界を乱されるのが、愛の定義なのだとしたら、自分は間違いなく沖田を愛している。
もっと踏み込まれたい、壊されたい。たぶん、それが私の本心。
「ウチのマドンナをお前の我儘に巻き込むな」
「大きなお世話でさァ、死ねコノヤロー」
荒々しい言葉とは裏腹のやさしい掌が、両頬をそっと包んだ。
消えない熱 お前じゃないと鎮められない