放置プレイはほどほどに
「下がってよいぞ、東城」
そう言って若に退室を命じられたのは、まさに私の誕生日当日。残りはわずか1時間と少し、という時刻だった。
ここで若と別れてしまえば、もう明朝までお顔を見ることはできないというのに、若は「おめでとう」の一言もなくさっさと私を下がらせようとしている。従者が主からの祝いの言葉を求めるなど恐れ多いぞ 行き過ぎだ 東城歩、と思う一方で、たったひとことで良いから祝ってほしいと胸の中ではめくるめく葛藤劇をくりひろげている東城歩であった。
「若っ、」
「なんだ」
「何かお忘れではございませぬか?」
思えば今日は誕生日だというのに、誰からも祝いの言葉をかけられていないのだ。一度も。北大路や西野にも、ひとことも…まあ南戸ははなから問題外だが。いつもは私の周りに神出鬼没の彼女でさえも、今日は出没してくれない。ましてや主君にまでスルーされそうになっている。
なぜだ、なぜなのですか。
「いや。別になにも」
「そんなことはありますまい。ほら、よーくよーーく考えてみてくだされ」
「………」
もしかしたら、新手の焦らしプレイ的なものなのかとも思った。そう思えば、それはそれで萌えないこともないのだが。だが…。
「今日は、今日はですね」
「ジャンプ合併号の発売日か」
「違います!」
「ああ、乙女の祭典バレンタインデーのちょうど1ヶ月前だな」
「違…わないけど違います!」
「正しいのか違うのかどっちだ」
「正しいです!けど私が申し上げたいのはですね、私の、」
今まさに自分から口火を切ろうとしたところで、若はポン、と手を打った。気づいてくださいましたか!さすが私のお慕いする若です。
「僕としたことが大事な日を忘れていた、すまない東城」
「よろしいのですよ、思い出してくだされば」
「とんだウッカリさんだな、僕も。たしか今日は…」
さあ、早く。早くその可愛らしいくちびるで私への祝いの言葉を述べなさい!
「南極でタロとジロが発見された日だった。まったく感慨深いなあ」
「そうそう、それですそれそれ……って違ううう!!それ違うから全然私の求めていたものと違、」
「煩いぞ東城」
いま何時だと思っているのだ、とつづけた若の拳が私の顔にクリーンヒット。身体は庭まで放り出される。
「ゴフォゥワ若ァアア!!!」
「出て行け。戻ってくるな」
望みは達成されぬまま、若のお部屋をしぶしぶ退いた。誕生日当日23時ちょうど。
◆
九兵衛にだいぶ痛め付けられたらしい東城が、沈んだ顔で自室に戻ってきたのは23時を回ったころだった。うんうん、計画どおり。こっそり東城の部屋に忍んでいた私は、世の中のありとあらゆる不幸を全部一身に背負っておりますと言わんばかりのその顔をみて我慢できずに吹きだす。
「くせ者か!」
とたんに凹んだ表情を引っ込めて、柳生四天王筆頭らしく東城がしなやかに身構える。長い髪がはらりと宙を舞い、尖った鋭い気をまき散らす。
そうしていると、やっぱり。
悔しいけど、ちょっと格好いいよね東城。
「私、わたし。ストップ歩くん」
捻りあげられそうになった手首が痛くて、秘密のかくれんぼは呆気なくおしまい。
「なんだ、貴女でしたか」
「あれ。残念そうだね?」
「そんなことはありませぬ」
すうっと肩の力を抜いた東城はひとつため息をこぼして、すぐに勢いよく顔をあげた。
「今夜、ここへ来たということは…貴女なら今日が何の日かご存知、ということですよね?」
「え?なに急に」
「さあ、今日は何の日?」
「ジャンプ合併号の発売日?」
「そんなものはとっくに出ております。なぜ若も貴女も同じようなことを」
それはね。口裏あわせてお誕生日の東城をいじめるためだよ、決まってるじゃない。内緒だけど。
「あ!分かった思い出したよ、あれでしょ。あの人のあれ」
「そうですあれですよ!あの人の」
「マリリン・モンローがジョー・ディマジオと結婚した日」
「じゃなくて!!」
「え?違うの?記憶違いだったか」
「そのデータが正しいのか間違っているのかは私の知るところではございませぬが、違います。違うのです。とにかく違う」
「ごめんごめんふざけすぎた。誕生日でしょ?」
「…嗚呼!」
「ブリーチの朽木ルキアちゃんの」
一度ぱあっと明るくなった東城の顔が再び暗くなる。面白い、これ。
「違う!」
「嘘?じゃあアレか!いちご100%の東城綾ちゃん、はぴば!」
「ニアミスすぎるだろそれェエエ」
また明滅する電気のように明るくなって暗くなった東城を、そっと後ろから抱きしめる。長い髪に顔をうずめたら、いい匂いがした。意地悪しすぎてごめんね。だって東城の反応が面白いから。
「ごめん、ね」
「もうよろしいのですよ。誰も彼も私のことなんか…」
拗ねた背中側からすばやく頬にくちびるを落として、耳元で囁いた。時刻は23時55分。
「ハッピーバースデー東城」
「…!」
「意地悪のお詫びに、今日は私どんなお願いでもきいてあげる」
「本当ですか!?」
「うんうん、ホントホント」
「誕生日プレゼントはワタシ的なあれのための演出だったのですね、全部」
「うー…それはどうかな」
「何でもよろしいので?」
「うん」
「エロチック方面でも?」
「うん」
「際どいプレイとかでも?」
「もちろん」
「では私はすぐさま白衣を着て眼鏡を着用しますので、貴方はこのナース服で大病院のいけない午後プレイを。いやミニスカポリスの婦警プレイも捨て難…いやいや正統派メイドに傅かれるのもまた男の夢。ゴスロリ美少女凌辱プレイにメガネ女教師と思春期まっただなかの男子生徒ごっこにも堪らないものが…いやでもここはやはり赤ちゃんプレイとか、切れ者美人弁護士と被告人プレイも悪くないし……」
なんだこの果てしなさ。
「東城ー。おーい東城」
ぶつぶつと念仏のように垂れ流しつづけられる煩悩の多種多様さに、正直ちょっと、いやかなり引きながら、肩を揺さぶる。
「しばしお待ち下さい間もなくコスプレイメクラ候補を絞り込みますので」
「うん。待つのはいっこうに構わないんだけどね、私は」
私は、ね。でも。時刻は23時59分。
「……セーラー服も、チャイナドレスもCAも、不謹慎ですがダークホース的に喪服というのもそそられ……」
「でも、いいの?」
「なにが、ですか」
「そろそろ今日、終わっちゃうよ」
「それがなにか」
時計の針を見据えて、カウントダウン開始。
「10、9、8、7……2、1、0。タイムリミット終了」
「へ?」
「お誕生日おめでとうございました!何でもきいてあげる日は終了いたしましたー。残念」
「えええええええええ!?」
「煩悩垂れ流しお疲れさま」
私ちゃんと「今日はなんでもお願い聞いてあげる」って言ったよね。誕生日当日限定で。
「え、延長お願いします延長料金はお支払いしますので!」
「こらこら、ここはどこぞの妖しい店ですかバカ東城」
「そこをなんとか!」
「なりません」
「くんずほぐれつタイムが…私の夢のくんずほぐれつタイムが……」
「というか東城さん、東城歩さん。さっき恐ろしい種類のコスプレバリエーション羅列してらっしゃいましたがそれ全部自前で持っていらっしゃるのですかキモいですドン引きです」
「当然でしょう、それが原始以来できる男の嗜みというもの」
「そんな嗜みいらんわ!お前なんか原始に帰れ二度と戻ってくんな」
「イケナイ妄想を膨らませるだけ膨らませておいて放置ですか!?」
「すきでしょ、東城」
放置プレイはほどほどにだめです、今夜だけは放しませんよ。